三幕構成理論においては、
それぞれの幕は、設定、展開、解決とされる。
これを、期待、誘引、満足とした、
観客側から見た呼称もある。
ついでに僕は、
問題、アイデアと実行、変化、だとも表現した。
最近考えることは、
書く側からすればそれを作らなければならないのだが、
最終的な上がりとしては、
それだけでは不十分だろうなあ、ということだ。
理想の一幕は、
ガツンと引き込まれるべきであり、
この先どうなるか興味がわいてしょうがなくなることだ。
理想の二幕は、
世界が深くなってそれに引き込まれたり、
人物関係に引き込まれたり、
それぞれの人物のことが深くなって面白くなったり、
先の読めない展開に振り回される快感に酔いしれることである。
新しい人物や展開がさらに期待を煽り、
どんどん展開していく奔流が楽しいのである。
理想の三幕は、
最高のクライマックスとカタルシスを得て、
すべてはこのテーマの為だったのかと深く腑に落ち、
現実世界の見方が、少し変わることである。
これらを、
設定、展開、解決や、
期待、誘引、満足や、
問題、アイデアと実行、変化などという一言で、
考えるべきではないのだなあと思う。
人間には得意不得意や、好調不調がある。
全ての幕が完璧に出来るわけじゃない。
そのなかでも、
三幕が最も出来が良くなるべきだということについては、
過去に議論したと思う。
(ぶっちゃけ消去法だ。
頭だけ面白そうで落ちが微妙であるより、
引き込まれないけど途中ちょっと拾える所があるが落ちはよく分からないより、
頭も途中も微妙かも知れないが、ラストはすごい良かった、
というのが一番ましだ、ということかも知れない)
リライトでやるべきことは、
理想の一幕二幕三幕にたいして、
今がどの程度出来ているかを正しく把握し、
理想になるように作り替えるにはどうすればいいかを、
考えることではないかと思う。
その手術も、成功する保証はないことも把握すること。
つまりリライトとは、リトライのことなのかも知れない。
うまくいけば採用、微妙だったら不採用かキープ、
そうやって、理想に少しずつ近づいていくのかも知れないわけだ。
で、ある日これまでのことを全部覆すアイデアが閃いて、
幕全体をリライトするときが来たりする。
さらに俯瞰して、全てのアイデアが、結論へ向けて最適な配置になっているかを確認して、
さらに完成へ近づいていくものである。
あくまで理想論であり、
現実にはこうはいかないことの方が多いかも知れない。
けれど理想のやり方が一番理想に近いと信じて、
話を面白くしていくしかないと僕は思うのだ。
この話の理想型は?
理想の一幕は?
理想の二幕は?
理想の三幕は?
常に問い、答えをイメージしておくべきだ。
2016年12月07日
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