2017年01月11日

理屈で自分を納得させると、大概失敗する

人生でもそうなのかも知れないが、
とりあえず脚本に限定してみる。

リライトしているとしよう。
二バージョンあるとする。
Aはなんとなくいいんだけど、なんとなくダメな感じ。
Bはいいかどうか不明だが、理屈はあってる感じ。

そういうとき、人は理屈で説明できるものを選びたがる。
そしてその選択は、あとから見たら大概失敗なときが多い。


たぶん、
失敗しそうな感覚なのだが、
理屈はあってるから正しいはずだ、
と思い込むことで、
不安を解消しようという心理が働くのではないか。

ちょっと例をあげにくいが、
たとえばいまいちな脚本なのに、
「三幕構成の理論通りだから、面白いはずだ」
と自分の不安を、理屈を通すことで逃げようとする心理だ。

理屈が通っていることと、
面白いかどうかは関係がない。
ただ真の名作は、理屈が通りかつ面白いだけのことだ。

理屈を重視してしまうのは、
男の心理の方が強いかも知れない。

たとえば男女の話で、
「結婚記念日に高いディナーをおごったのだから、
我々の夫婦生活はうまく行っている筈である」
と納得してしまう心理に似ていると思う。

高いディナーも結婚記念日も、
二人の気持ちには、ほんとうには関係なかったりするからね。



とくに、
アイデアを複数思いついたり、
リライトを何バージョンかしてみたとき、
どれが一番いいのかを決めようとするとき、
理屈で判断しようとしてしまう傾向にあると思う。

映画は数学ではない。
気持ちで見るものだ。
気持ちで見るべきものを、理屈で説明しようとして安心しないことだ。

気持ちは不安だから、自分は理屈に頼っている。
そう自覚できるかどうかという話である。

理屈は通っていないが、どうしても惹かれるものがある。
理屈は合ってるが、これでいいのか不安だ。
その二者択一ならば、
前者を選ぶべきだ。
惹かれる正体は何なのかを捉えられたら、
再びそれがさらに良くなるようにリライトしよう。

理屈は合ってるのだが面白くない話より、
面白くなっていくと思うよ。
posted by おおおかとしひこ at 23:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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