2017年02月09日

集団

彼らは何のために集まったのか。
同じ目的があるからである。


物語の中で、
人と人が集団を組むときは、
日常でないときである。
つまり、
非日常において、日常でない集団が組まれる。

分かりやすいのは特攻野郎Aチームみたいな、
対犯罪スペシャリスト集団だ。

アベンジャーズも、日常の敵でないスペシャルな、
非日常のとんでもない敵に対して組まれた集団だ。
(インフレになっちゃうが)


ある日常でない目的のため
(それはセンタークエスチョンの解決のためである)
に集まった集団の話は、面白い。
日常で隣り合うことのない人たちだからだ。
作者から見れば、
そんな異質な集団を作るために、
事件と解決の大筋の糸をでっち上げている、
という見方すら出来るだろう。

ところで、
その目的を完全一致させないことがコツであるし、
リアルというものだ。
AはAなりの目的をもってその集団に参加しているし、
Bはまた別の目的Bだし、
CDも違う。
しかし大筋の目的はなんとなく共通、
そういうときに話は面白くなる。
何故なら、集団内で揉め事が起こり、
かつ大同団結するからだ。

部活でもサークルでもいいし、
合コンでも会社の部署でもいい。
非日常の為に集まった集団は、
微妙に揉めるし、そこで共通点を探り合う。
それは、非日常のキャラが立っていれば立っているほど面白くなる。

典型的なロードムービーに、
刑事と泥棒が手錠に繋がれたまま、○○まで行かなければならない、
なんてやつがある。
(先日、傑作「ミッドナイトラン」を紹介した)
これも、非日常の集団という見方も可能だ。

同じ目的があるのだが、
違う目的もあり、
その揉め事や駆け引きが面白いのである。
日常なら家族とやってるこういうことも、
舞台が非日常で、目的も非日常で、
組み合わせも非日常だと面白くなるのだ。


また、人の目的は必ずしもひとつではない。
会社で働く目的は、
大きくは金稼ぎであるが、
その会社のことが好きだったり、
その業界が好きだったり、
好きな人がそこにいるからだったり、
通うのが楽だからだったり、
するものである。
それぞれに大事にしてることは違うし、
それが集団のパワーにもなるし足枷にもなる。

だからAはAという目的があるのだが、
共通目的XをAから引いた、A-Xの部分を持っている。
同じく、B-X、C-X…などとあるわけだ。
Aは誰にも言っていない別の目的A2があるかも知れないし、
それはB-Xと全く相容れないかも知れないわけだ。

カップルが付き合うのだって、
「お互い一緒にいたい」という共通目的があるが、
金の打算や腰かけや肉欲や、
権力がほしいから、なんて、
別のファクターがあるかも知れないわけだ。
で、共通の目的が失われたときや、
別の目的が共通目的より大事になったときに、
別れると。
自分の夢を大事にするために別れる、
という一見意味の分からないことも、
そういうことである。

じゃあ逆に、違う目的を持った人が、
ストーリーの流れで共通目的を持つ場合もある。

典型的なラブストーリーで考えると、
最初はケンカばかりしていた、
出会った二人は、
共通の目的が出来ることで協力したり反発したりしているうちに、
新しい目的が出来るのである。
「この人ともう少し一緒にいたい」という目的が。

簡単な例は、転校してきたばかりの跳ねっ返り者と、
文化祭委員を一緒にやらなくてはいけないヒロイン、
みたいな例でシミュレーション出来るだろうね。
(二人の親密性を増すには、秘密を打ち明けることが効果的であった。
仲間意識やギャップ萌えのチャンスなわけだ)

勿論ラブストーリーでなくたっていい。
エクスペンダブルズみたいな集団でも、
忍の一族でも、
未確認現象追及チームでも、
報道集団でも、
なんでもこのことは成立する。

おそらく個人の目的は、
そのキャラクターの人生の目的が、
少し含まれる。
だから、目的に対して行動したり決断したり、
断念することは、その人の人生の目的を左右したりする。

そういうのを、人間ドラマ、というのではないだろうか。
posted by おおおかとしひこ at 12:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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