2017年03月17日

裏切る

裏切るのは基本だ。

誰かを裏切るとかそういうことではない。
流れを裏切る、のである。


前ふりと落ちは、裏切りの関係である。

押すなよ!は、押すことの前ふりである。
落ちる前提で、逆から始めている。
だからそのギャップが、笑いになる。

今から押します、ドーンでは笑いにならない。
押すなよ!があるから、押して面白くなる。


私たちは、
あることがあると、次に何があるか予想する生き物である。
だから、
次に何があるか予想して、
予想できたら興味を失ってしまう。
「大体分かっちゃった」というものには興味は湧かず、
「一体どういうことなんだ?」というものには、
興味は持続する。

「ああ、まあ、そうなるわな」ではなく、
「えっ」である。
「なにい?!」でもいい。「まさか…」でもいい。

微妙な違いは詰まらない。
真逆が一番強い裏切りである。

すなわち、
私たちは逆を創作する仕事である。



素人の作る企画には、
大抵この逆がない。
先入観の逆をついたり、
最初に前ふりしておいてその逆に方向が進んでいったりしない。

そのままをそのままにやるだけが、素人で、
逆や裏切りを二転三転させるのが、プロだと言える。
ストーリーテリングとは、
その裏切りや二転三転の技術のことである。

裏切りは勿論登場人物の裏切りでもいいんだけど、
主に裏切るのは観客だと思っていい。
観客を裏切るために、
私たちはなるべく逆の前ふりから仕込むのである。

これをミスリードと一般的に言う。
ミスリードはどんでん返しのためだけにある言葉ではない。
その後に逆が来ることを想定した、
逆に振り込む焦点のことである。
右に曲がるために一端左にハンドル回すようなものだ。
(これは揺さぶりがキツいので、運転としては下手だ。
しかし我々はジェットコースターの設計士である。
揺さぶりがキツイほうがストーリーとして優秀だ)

玄人むけの企画に、
週刊スパのバカサイ、「そのまんま川柳」がある。
逆に裏切ることが前提のネタ披露の文脈で、
裏切らないことを笑いにするという、
逆を逆にした、高度な笑いだ。


あなたは観客を裏切るために、何をしている?
この答えに簡単に答えられないとしたら、
あなたはまだ自分のお遊戯をそのまま見てほしいだけの、
子供かも知れない。

ストーリーテラーは、
何回裏切ろうかな、なんてことを考えながら話すものである。

何分に一回裏切れば面白くなるかは、
その話次第だろう。
二時間待って一回しか裏切らないなら詰まらないし、
30秒なら一回凄い裏切りがあれば印象的だ。
そして何度も裏切るのなら、
そのショックは徐々に強くなっていくのが、
面白いストーリーというものだ。


テーブルの上に、コーヒーの入ったカップがある。
それを飲むのは逆ではない。普通だ。

そのカップが爆発したり、
テーブルがひっくり返ったり、
コーヒーが突然増えたり、
コーヒーを飲まずに頭からかけたり、
ウェイトレスがコーヒーを飲んだり、
待ち合わせの相手が宇宙人だったりすることが、
逆や裏切りである。

さて、その次は?
それがストーリーだ。
順当は、ストーリーではないのだ。


裏切ろう。
あなたは嘘つきである。
ストーリーとは、計画された嘘つきだ。
posted by おおおかとしひこ at 15:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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