2017年04月19日

知らない人の輪の中に入って、何分会話を黙って聞いてられるか?

これ、きついよね。
1分かな、3分かな、5分かな。
10分我慢するのはかなり大変だよね。

その分数を言ってみたまえ。

観客は、ストーリーが始まってからその分数までは、
待っててくれる。


仮にそれを5分だとしよう。
これから2時間あるものだと分かっているから、
それぐらいは大して面白くなくても、
許容範囲だろう。

この許容範囲は、
メディアによって異なる。
YouTubeの広告では3秒が限界だろう。
ドラマは1話切りか、15分は見てみるかどうかといったところか。

たとえばパーティーで知らない人の輪に入って、
我慢できるのは、パーティーが一時間から二時間程度と分かっているからで、
パーティーが30分で終わると分かってれば、
5分の我慢も無駄だと思うかも知れない。
つまり、許容範囲は、
全部でどれくらいと事前に知っているかで、決まる要素でもある。

逆に週刊連載漫画なら、全部でどれくらいかは、
人気によって変動するから、
一話で、あるいは最初の数ページで、
がっつり掴まないと滑っていく。
映画よりシビアなような気がする。

その点、映画は、二時間の旅だと知っているから、
まあ3分とか5分は、許容範囲だろう。


さて、その3分や5分は、
高々原稿用紙3枚や5枚でしかないことに、注意されたい。

逆に言うと、
あなたは3枚や5枚以内に、
人を惹き付けなければならない。

惹き付けるにも色々あって、
夢中にするレベルから、先が楽しみになるレベルから、
先が気になるレベルから、
切らなくてもいいかレベルまである。
そのどれを達成しても構わない。
最終的に名作であればお釣りは来る。

ただし、最初の5枚以内に、面白くならなければダメだということだ。


警告しておくが、
面白くならなければダメだと焦って、
とりあえず刺激的なことをやるのは、大抵失敗する。
そのあとが続かなくなることが殆どだからだ。

きちんと次を続けて、面白い話を語っていくには、
計画的にやる必要がある。
とりあえずボーン、はうまくいかない。
(うまくいかない例は、一本だけ見れば十分。
うんこ実写ガッチャマンを全部見ること。
あなたはこの苦痛を他人に与えるべきではない、と知ること)


ということは、
計画的に面白くしていかなければならない。

方法はいくつかある。
事件に興味を持たせること、
題材に興味を持たせること、
人物に興味を持たせること、
背景に興味を持たせること、
テーマに興味を持たせること、
世界観に興味を持たせること、
などなどである。

ダメな映画では、
人物に興味を持たせることを、
人気俳優を使うことでカバーしようとする。
しかし映画の中では、
その人は役を演じている。
村井良大に興味があっても、小次郎に興味を持ってくれなければ、
内容に入ってもらえないだろう。
だから、人気俳優を使うのは悪手である。
どんな俳優が演じたとしても面白い話を書くのが、
脚本の本質である。


パーティーでの、知らない人の輪に戻ろう。
そこに参加している人と関係なく、
面白い話が出来れば、
その輪は盛り上がって行く。
話とはそういうものだ。

逆に、
3分から5分は、人は待ってくれる。
必ず面白い話が来ることを期待するからである。
そしてお話が好きな人ほど、
その3分から5分に出てきたことが後で使われるから、
注意深く観察しながら待っていてくれる。

焦ることはない。
ちゃんと組み立てればいいだけのことだ。


もし、
最初の興味を引くポイントが、
15分になってしまったらどうすればいいか。
その前をバッサリ切って、
そこをトップシーンに出来ないか検討してみよう。
案外出来たりするよ。
で、さすがに最低限これとこれがいるわ、
とあとで分かるので、その前にそれが貼り付くことになるだろうね。



物語は、シリーズものでない限り、
知らない人の会話の輪に、
参加することからはじまる。
常に、毎回だ。
posted by おおおかとしひこ at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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