2017年04月30日

映画=面白いシチュエーション×ストーリー2

前記事の続き。

で、昨今の製作委員会で言われている「企画性」って、
全部前者にしか集中してない。
これが、詰まらない映画量産の、最大の癌だと僕は考えている。


・面白いシチュエーションこそが映画だと勘違いすること。
・面白いシチュエーションは分かるけど、面白いストーリーは分からないので、
それは専門家に任せて、自分は判断をしないこと。
・面白いストーリーに関する知識も経験もない人間が、
面白いと思い込むこと。

こういう人たちが、「投資」をするのが、
今の製作委員会方式である。

製作委員会方法がはじまったころは、
まだプロデューサーが、面白いストーリーに関して、
何かをわかっていた。
しかしそれも20年たてば、
面白いストーリーを一から作るのではなく、
すでにあるものをアレンジする方が楽だと分かり、
そのうち面白いストーリーを一から作るやり方も分からなくなっていく。

(これは小説業界でも起こっているそうだ。
出版に至る新人作家は、既に「小説家になろう」のサイトなどで、
売れた実績のある人なんだそうだ。
何かがおかしい。編集者って何をする人なの?)



こうして、
今の日本映画製作委員会は、
面白いストーリーを軽視する集団によって、
面白いと世間で言われている原作を買い付けて、
あるいは、たいして面白くもない脚本を、
面白いストーリーだと勘違いすることによって、
投資と回収のループが回っている。

面白いストーリーを一から作るには、
厳しい自己批判が必要だ。
「お前は面白くない」と言われ続け、
「俺は面白くないかも知れない」という不安に耐え続け、
それでもそんな批判をぎゃふんと言わせる面白さを出さない限り、
面白いストーリーを作ることは出来ない。
だから面白いストーリーを作る人は、
いつも崖の上ぎりぎりにいなければならない。
怖いし、辛いし、身を切るし、誰にも理解されない。

その辛さに耐えることが出来ない人が、
自分たちの作ったストーリーへの批判を避けて、
ぬるま湯で作っている。

(たとえば美大における、「ダサイクル」と名付けられた現象はこれだ。
みんな自分の作品を批判されたくないから、
他人を曖昧にほめる。誉められたほうはこれでよかったと安心する。
回り回って、その集団はダサイものしか作り出せなくなる)

自己批判の刃は、時に作家を自殺させる。
僕だって納得のいかないものを作らされて、
眠れなかった日々はたくさんある。
自分がそれを越えることができなかった悔しさで、
辛いときはたくさんある。
自殺しなかったのは、「まだベストを作れていない」
という思いだけである。



一方、面白いシチュエーションは、
ある程度金をかければ出来る。
ハリウッド映画はそうしてきた。

B級のダメなハリウッド映画を見れば、
予算がないってこういうことか、と、
よく知ることが出来るだろう。
(それでもB級の予算を逆手にとって、
A級の面白さを作ったものだけが真のB級で、
それは歴史に残る。
「ロッキー」もそうだし(撮影は16ミリだぜ?)、
ドラマ風魔もそうだ)

今の日本映画は、
その面白いシチュエーションにかける金がなくなっている。
芸能人を集めるだけで、資金が尽きてしまう。

そろそろ、面白いシチュエーションに金をかけるのではなく、
芸能人にしかかけない、
みたいなことが常識になりそうな気がするくらいだ。
「オールスターキャスト」か、
「知られていないキャスト」かでしか予算に違いはなく、
面白いシチュエーションとは、
オールスターキャストかどうかでしかない、
という風になりそうだ。

面白いシチュエーションに金をかけるってどういうこと?
それすらも、最近の若い人は見ていないかも知れない。
何せ、テレビがHD化してこっち、
そんなものはほとんどないからだ。
テレビが4:3だった頃は、全局ゴールデンは、
面白いシチュエーションに金をかけた番組しかなかったよ。

こないだYouTubeでみたトリビアの泉は、
シチュエーションに金をかけた例だ。
トリビアの種「スキーのジャンプ台からタイヤを転がしたとき、
一番遠くまで飛ぶのは○○タイヤである」というやつは、
腹を抱えて笑った。
だってあのタイヤ、一本百万以上だぜ?
スキージャンプ台借りて色々準備したら、
3000万くらいかかるだろ。
今のフジテレビ?セットに200万ぐらいで、
1クール使い回しだろ?
一回のオンエアにかける金は、それぐらい落ちている。
だから、シチュエーションに金をかけるって発想が、
そもそも失伝の危機にあるかも知れないね。

これは黄金期のテレビなら、毎日あったんだぜ。
映画は勿論それ以上だった。


面白いシチュエーションに金がいかなくなり、
面白いストーリーを考えられないダサイクルになり、
この先、日本映画が再浮上する未来は、
全然見えない。


面白いシチュエーションに金をかけるには、
太いスポンサーがいる。
上海バブルが終わり、シンガポールとも言われたがそうでもない。
東京オリンピックは再バブルにならないよね。
ユダヤは金をせしめるだけのような気もする。
僕はユダヤ人ではないから、その辺の詳しいところは分からない。

集団でなければ個人だな。
だれか個人で投資すればいいんだけどなあ。
僕が資産家の息子でないのが、ほんとうに残念だ。


面白いストーリーを書くことは、
不可能ではない。
しかし茨の、痛くて辛い道が待っている。
その先の成功の約束もないし、
辞めていく仲間も沢山いる。さびしい。
孤独感の中で、膨大な歴史と対話しながら、自己研鑽を厳しく積むしか、
出口はない。

万人にはオススメしない。
しかし、本当のプロフェッショナルってそういうことだと思う。

つまり今の日本映画には、
本当のプロフェッショナルが、駆逐されてしまったのだ。
厳しいのが怖いからだ。



ということで、
脚本添削スペシャルは、びしびしいく。
なんの予防線だよ。(笑)

とあるブログにここが紹介されていて、
初心者にはオススメしない、ボコボコにされるから、
などと書いてあった。
ボコボコにされて死ぬやつは死ね。
ボコボコにされて尚立ち上がるやつだけが、次に行ける。
進化とか成長は、そういうものだ。

傷つくのを怖がっていたら、前に進めない。
前に進むのは、傷がつかなかった奴じゃない。
前に進んだやつだけだ。



ということで、実写版「無限の住人」が大コケしているそうだ。
何故ネットのニュースは、
「キムタクが賞味期限」しか言わないの?
「シチュエーションも面白くないし、
ストーリーもいまいち」って言わないの?
キムタクなんて、台本に書いてあることを「ちょ待てよ!」
って言うだけのただの客寄せ人形だぞ?
キムタクかキムタクじゃないかで、映画の質が変わるわけねえだろ。
posted by おおおかとしひこ at 13:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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