2017年05月03日

自分で設定したことを忘れる2

長いものを書いているとき、
さらにやりがちなのは、
一度設定したものを、
微妙に変えて再設定するときだ。


それは、
書こうとすることが、書いている途中に、
少しずつ変わっていくからである。

何かを言おうとする人が、
途中で言いたいことが変わったら、
首尾一貫しないよね。
それと同じで、
書くのに何年かかろうが、
首尾一貫しないと意味がない。
しかし、途中で変わっていくのが人間というものだ。
だから微妙に設定したものを再設定してしまうのである。

これを防ぐには、
一刻も早く全部書き上げてしまうことである。

ラストまで書ければ、
設定の齟齬を有限にすることができる。
有限のミスならば、いつか潰せる。

しかし、完結していないなら、
その再設定は、また別の再設定になりうる。
嘘に嘘を重ねていき、
都合のいい嘘に変形してしまう。

有名なのはゆでたまごのキン肉マンだ。
悪魔七将軍編は、最初に登場した七将軍と、
のちに試合するやつのデザイン自体違ってたりする。
悪魔将軍は、
出るたびにデザインと設定が違ってたりする。
固くなったり柔らかくなったり、中ががらんどうだったり。
どういう設定なのか詰めきらないまま書いたというより、
書いてるうちに、さらにいい設定を思いついてしまった、
だから前のは忘れたことにしよう、
というのがリアルなところだろう。
連載ものはそれでもいい。
何ヵ月や何年前の設定など、厳密に覚えてないだろうから。

しかし映画は高々二時間だ。
設定は厳密に適用され、
穴があってはならない。
むしろ、二時間の間で主張が変わったりするやつの、
どこを信用すればいいのだ、ってことになってしまう。



最初に設定したものには、
前記事によれば、エピソードがくっついているはずだ。
恐らくそれよりもっといいエピソードを思いついたから、
設定を上書きすることにしたはずだ。
それはそれで書いておこう。

しかしその設定の微妙変更を、それ以前に適用出来るかどうかは、
そのうちチェックしなければならないことだけは、
メモして覚えておくこと。
まず真っ先に以前に遡るか、
それとも完結までやってしまうかは、
今どこを書いているかによる。
半分を過ぎていたら、まず完結させること。



あなたは、書くことで少し自分が変化する。
それは人間だからだ。
あなたは何も変化しないわけではない。
書くことによって、少し認識も変わりうる。
それを分かっていれば、
ストーリーそのものをきちんと首尾一貫させるのは、
最後でも構わないと考えられる。
それはつまりリライトが、わりと大変だということ。
書く前と書き終えたあとで、あなた自身が変化しているわけだからね。
書こうとしてはじめたことと、
書き終えて出来た価値と、
どちらを取るかは、あなたが決めることである。
posted by おおおかとしひこ at 12:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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