2017年05月12日

脚本添削スペシャル2017:11 サブプロット

サブプロットについての理論は、
脚本理論ではほとんど重視されていません。
メインプロットに関しての理論が脚本理論である、
なんて言い方も成立するぐらい。

(言及している理論でも、
メインプロットと同じである、
なんてごまかしかたをされることが多いです)

「幸福の埋葬」で、
サブプロットについて見て行きます。


他の作品に比べてこのストーリーは、
「一番ストーリーっぽい」
という印象があります。
なぜでしょうか。

人物の深さに関しては、
他作品と大差ないと思います。
なんだかんだいってブラしかオリジナリティーがないし。

ミステリーというジャンルのせいでしょうか。
それは少しあります。
どんでん返しがやりやすいジャンルだから、
「この世界はA社によって支配されていたと思ったら、
実はB社によって…!」
という少年漫画っぽいものよりも、
どんでん返しが大人の感じがします。
犯罪や正義や法で裁く、法が最善とは限らない、
などに関するどんでん返しは、
大人でないと理解出来ないからです。

でもミステリーというジャンルだから、
この話は風格があるのではないです。
それはモチーフの風格に過ぎません。
(たとえばタバコのキセル職人の話や、
ウィスキー職人の話なら、
モチーフで風格を作ることが可能でしょう)

このストーリーがストーリーっぽいのは、
サブプロットの存在という構造的要因です。


メインプロットは、
犯罪者と誤解させておいての潜入捜査、
というどんでん返し。
サブプロットは、
真犯人の真相のどんでん返し。

本当は真犯人の真相を探る話がメインプロットで、
潜入捜査のほうをサブプロットにするべきなのですが、
潜入捜査のほうが自分の中で盛り上がってしまったのでしょう。
猫の墓の話が霞んでしまっているので、
結果的にメインプロットとサブプロットの役割が、
逆になっています。
これがこの脚本の欠点です。
タイトルが「幸福の埋葬」であることからしても、
メインプロットは猫の墓であったはず。


あるいは、真犯人のどんでん返しは普通だから、
お約束程度におざなりに描いておいて、
潜入捜査のほうで楽しませようと思ったのかも知れません。



そもそも、サブプロットとはなんでしょう。
簡単に言えば、
「あるお話の中に、複数のお話が走っている」
ということであり、
「この話のメインの話をメインプロット、
サブの話をサブプロット」というだけのことです。

よくあるのは、
悪を倒すメインプロットと、
ヒロインとのラブストーリーのサブプロットの
組み合わせです。

サブプロットはなんのためにあるのでしょう。
色々な解釈があり得ますが、
僕は、
メインプロット単独だとつまんないから、
サブプロットで合わせ一本にするための技有りである、
という風に考えています。
(ブレイクシュナイダーは、
「話を豊かにするため」と言っています)

メインプロットだけで、
感動したり爆笑したり、
人生観を変えるだけのものを作ることは、
なかなかに難しいです。
百発百中毎回毎回も難しいです。

シンプルなことが話の原則だとしたら、
毎度毎度シンプルな構造で物凄い心が震えるものなんて、
確率的に難しいです。

ということで、いわば二本立て、三本立てを、
一本の話でやる、
というのがサブプロットの存在意義だと僕は考えています。
一本では折れる矢も三本なら、みたいなことですね。

以下、メインプロットもサブプロットも、
等しくサブプロットと呼びます。
どれがメインかは、あとで話しますが、
テーマと関わってきます。
まずは、各二本立てや三本立ての相互関係を見てみます。



ちなみに、全然違う話が同時進行しては、
それが一本の話である、ということにはなりません。
「それが一本の話である」と我々が思うのは、
「それらが有機的に絡み合って一本の話を形成する」ときです。

どういうことかと言うと、
ある一本のサブプロットに、別のサブプロットの何かが、
決定的に必要であるということです。
いわば、別のサブプロットが、あるサブプロットに、
「必然性がある」ときに限り、
複数の同時進行が意味があるわけです。

正義サイドの話と悪サイドの話がカットバックするのは、
よくあるサブプロットの作り方ですが、
どちらかのサブプロットの前ふりを、
他方のサブプロットで回収しないと、
二つのサブプロットが走る意味がないわけです。

逆に、その絡み方を作ることが、
サブプロットを配置する醍醐味です。
「その話が、まさかそっちに繋がるのかー!」
という驚きこそ、
サブプロットによる楽しみで、
これはメインプロット一本の話では不可能な構造です。


さて。

お話には、意味があります。
メインプロット一本の話でもです。
この話が解決したからには、
この話がこういうことを意味している、
ということです。
これをテーマと言います。

サブプロットが複数ある話でも同じくです。
サブプロットを一本の話として、
それにテーマがあります。
つまり、
サブプロットが複数ある話は、
複数のテーマの集合体であります。

ここまでは直感的に予想できるでしょう。
ここから本題。

サブプロットの集合が、
そのセットで意味があるときのみ、
その集合体は、集合体としての意味を形成します。


簡単な例。

正義サイドと悪サイドの話があるとしましょう。

正義サイドのサブプロットは、
「仲間を大事にし、みんなのチームで勝つ」
というのがテーマだとします。
悪サイドのサブプロットは、
「それぞれが己の裁量で勝手にやればよい」
というのがテーマだとします。
で、正義が悪に勝つというラストがあれば、
「自分勝手にやるよりも、仲間を大切にすることが大事なのだ」
という、集合体としてのテーマになるでしょう。

悪サイドのサブテーマは、
正義サイドのサブテーマの、裏です。
表裏一体のサブテーマが、集合体としてのテーマを形成するわけです。

これが悪サイドのサブテーマが、
たとえば「戸締まり用心火の用心」だとしたら、
結末であるところの正義サイドの勝利は、
どういう意味があったのか、
まるで分からなくなりますね。

「正義サイドのテーマはよくわかったが、
悪サイドのテーマ、必要だったかなあ」
となります。

つまりそれは、
サブテーマ同士が集合して、全体テーマを確定させる、
ということなのです。

逆から見ると、
その話のテーマは、サブテーマに分割され、
そのサブテーマ同士の関係性によって語られる、
とも言えるでしょう。

(ちなみにこの正義サイドと悪サイドの話は、
ドラマ風魔の小次郎でした)



いったんまとめます。

・複数のサブプロットを走らせるのは、
その集合として話を面白くするため。
・そのサブプロット同士が別のサブプロットの前ふりや回収になったりしないと、
ただの同時進行。ここで繋がる、という納得が面白いのに。
・複数のサブテーマが、集合体としてテーマを形成する。


さて、
「幸福の埋葬」は、
こういう構造であったでしょうか。

微妙にかすめた、という感じですかね。

そもそもメインプロットとサブプロットが逆だと考えます。
やはりミステリーは、
真犯人の真相解明が面白くないと、意味がない。
猫の墓=伯父を埋めたところ、
という話が、いまいち火曜サスペンスレベルだと思います。
妹レイプ復讐という動機も、よくあるので食傷気味。
「変態」を悪の犯人にするならば、
新しい猟奇が必要な気がします。
(たとえば、側溝に一日潜んでスカートの中を見続けた人を、
どうにか犯人のモデルに出来ないかと僕なら考えます。
あるいはアイドルを滅多刺しにした人とか、
プチエンジェルとか)

ここにもう少し面白いストーリーを持ってこないと、
「楽しめた殺人事件の解明」にならないと思われます。


それは作者本人もなんとなく分かっていて、
猫の墓よりも、ブラの話のほうが筆が走ってるんですよね。
猫の墓は「やらなきゃいけない仕事」、
潜入捜査とブラは「仕事明けにひゃっほうって遊びにいく」
みたいな感じがするのです。
だから潜入捜査の話のほうがメインプロットに見えてしまう。

だから、
オープニングは、
潜入捜査のミスリードから始まっています。
明日実が脱走者だと思わせる仕掛けから始まるということは、
これが本筋だと示しているわけですから。
勿論、これは明日実を犯人だと思わせておいての、
真犯人どんでんという「技」ではあるのですが、
それがこの話のテーマとは関係がないところが痛いところ。

もし猫の墓の話がメインなら、
「猫の墓の前で二人が出会う」
というところから話が始まるでしょう。
「幸福の埋葬」というタイトルで、
これがメインであるならば。



そして最も問題なのは、
この二つのサブプロットが、
セットで存在する意味が感じられないことにあります。

潜入捜査のほうのテーマは?
「友達が出来て良かったね」という感じでしかない。
妹のための復讐は?
「兄妹が再会できて良かったね」という感じでしかない。
「たまたま、同じ場所で起こった出来事が、
それぞれに決着がついただけ」なのが、
このストーリーのいまいちなところなのです。

それらが表裏一体であるとか、
それらが原因と結果であるとか、
それらが実は同じことを意味していたとか、
そういうことがない限り、
サブプロットたちが「集合体としての意味」を形成できないわけなのです。

だから、二つのサブプロットがあり、
それぞれが面白かったとしても、
「どっちつかず」の印象になります。


メインはどっちだよ、
メインを残してサブは捨てたほうがいいんじゃないか、
と仮に大掴みに考えたとしても、
どっちも単独としては弱い話だから、
集合体として存在しているわけですからね。


「幸福の埋葬」というタイトルは文学的で面白いですが、
この物語全体が、幸福の埋葬を意味しているとは思えません。
猫の墓のことしか言ってない。
明日実の側のサブプロットが、
幸福の埋葬に落ちてないんです。

これが落ちていれば、幸福の埋葬はよいタイトルです。
実は本当に明日実は記憶喪失で、
忘れることこそ幸福なのだ、みたいな話にするとか、
ふたつのサブプロットにかからないと意味がない。


じゃあ構造的にはどうすればいいのか。
リライトの方針として何を重要にすべきか分からないので、
なんとも言えません。

「幸福の埋葬」を大事にすると、
明日実の潜入捜査が、
幸福の埋葬に落ちる話に改訂する必要があります。

潜入捜査のどんでん返しを大事にすると、
叔父殺しと猫の墓の話とタイトルを、
別のサブプロットにそっくり入れ換える必要があります。

さあ、どちらをメインにするべきでしょう。
前者のほうがリライトとしては楽な部類ですが、
それが作者のやりたいことなのか分かりません。

つまり、主副が、
この話ではねじれているのです。
潜入捜査がメインプロットならば、
「お姉さんのブラ」というタイトルになるでしょう。
猫の墓の話がメインプロットならば、
平凡な話でしょう。
せめて母殺しと猫の母の墓、みたいな奇妙な事件にするとか。


文学的なタイトル、
どんでん返しの構造の面白さ、
タイムスケジュールの気持ちよさ、
明日実のキャラクターと、
加点ポイントが沢山あるにも関わらず、
この話が、
「いいもの見たなあ」とならないのは、
「全体として意味が通っていない」
ということにつきると思います。
部分的に良くできているが、
引いてみるとデッサンが狂っている絵、
みたいなものです。

それを解消するにはどうすればいいか、
というと、
結局は主副を決める、ということになります。
この話のテーマは何か。
そのテーマの前提(逆)は何か。
逆から始まって、そのテーマに落ちる落ち方は。
サブプロットとサブプロットが重なる、
最後の真相解明で、それはなされるべきでしょう。


え、ミステリーでもテーマが必要?
僕は必要だと考えています。
ミステリーといえども、ストーリーだとするならば。

ミステリーは知的パズルの一種で、
ストーリーの枠内ではない、という考え方なら、
脚本の出番はないので、どうでもいいです。

それは、アクションだろうがホラーだろうがラブストーリーだろうが、
ジャンルと関係なくです。
バイクスタントやマシンガン撮影や、
怪物の造形やめっちゃ怖いシチュエーションや、
こんなところにラブがというシチュエーションが、
知的パズルにあたる部分です。
それだけを楽しむのに、脚本は不要です。
それらは全て点であり、ガワであります。

ストーリーとは、それを線で繋いだときに、
発生する意味について、責任をとるのです。



さて、次回はいよいよ大詰め。
テーマの話をします。
posted by おおおかとしひこ at 08:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちゃんと読んでいただいてありがとうございます。
そして、少なからず褒めていただいて励みになりました。
ただ、何度も「サブプロット」を読み返していますが、難しいです。
そして「テーマ」は苦手です。それに縛られて(私は)面白いものが作れない。
基本、「ドキドキ」と「えー?」があれば何杯でもメシが食えると思っているから。
「いいもの見たなぁ」なんて作品、いつになったら書けるんだろう。
とりあえず又1年間、精進します。
ありがとうございました。
Posted by えん at 2017年05月12日 15:33
楽しいパーティーに出たあとと同じことを、
まずは目指すというのは悪くない志です。
でもきっとあとで思い出すときに、
「あれはああだったなあ」と自分のなかでの意味が決まるわけです。
それが、そのストーリーの意味だと思います。

最初から○○というテーマで書くのは、おすすめしません。
硬直しますから。
「結局これは○○という意味なのだな」
とプロット段階で分かりながら練っていくと、
正解にたどり着けることがあります。
そうやって客観的に時々立ち止まれると、全体が見えやすいかと。
Posted by おおおかとしひこ at 2017年05月12日 16:21
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