2017年06月17日

推進力を強く持て

話を前に進める力は、
どこから来るのだろう。
あなたが「この話を書きたい!」と強く思うことからだろうか。
それは違う。
それはあなたの執筆生活の話であり、
劇中の推進力とは関係がない。
(ここはたまに混同する。
あなたの思いと、ストーリーの強さは、
相関関係がない。多少はあるんだろうが、
ないと思ったほうが、ストーリーを冷静に見れる)

話の推進力とは、主人公の動機の強さに他ならない。


長い話を書いていると、
時々忘れるのである。

何故主人公がこの旅に出たのか。
今まで安全であった自分の殻を脱いで、
どうしてこの危険極まる旅に出たのか。

それは、一幕で語られ、
第一ターニングポイントで、
決定的になったはずなのだ。

しかし、長い二幕を書いてるうちに、
その勢いを忘れて、
惰性になっちゃうんだよね。

ということは、
そこに刺激を与えてやるといい。

お前はそもそも何故これをしようとおもったのか?
と問われるようなイベントを、
発生させればいいのである。

あるいは単純に、仲間にふと聞かせてもいい。
「お前、なんでそんなに必死なの?」と。

うまく主人公が答えられないなら、
「それでもお前はこの苦難を越えて、
ゴールを目指すのか?」
と問うような、障害を発生させるといい。



シドフィールドが、
うまく理論化出来なかった「ピンチポイント」
(ピンチは危機ではなく挟むの意味)は、
これのことを言っているような気がする。

ちょうど今ピンチポイント2に当たるところに僕はいて、
主人公に、そもそもの旅の原点を見つめ直して欲しくなった。

それで今この記事に書いている。


何故これをやろうと思ったか?
主人公は、明示的にか暗示的にかは分からないが、
そのことに向き合わなくてはならない。
「それでもやはりゴールを目指したい」という、
強い思いを強化するべきである。

たとえば一緒にゴールを誓った友が、
「俺部活やめるよ」というシーンは、
こういうものにあたる。
主人公が強い思いを吐露し、
自分一人でも始めたことを続けるのか?
という岐路に立たされる場面になるだろうからだ。
失うのならゴールをやめるのか、
いや、失う痛みと共に、ゴールを目指すのか。
後者を決断したとき、
推進力はより強くなるだろう。


ちなみに今書いてる話では、
出会った人が過去の自分に似ている、
という場面で勝負することにした。
posted by おおおかとしひこ at 17:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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