2017年06月28日

段ボール二杯ぶん書け

僕はスパルタ主義である。
そもそもアイデアが湧いて出てこないような人は、
プロとして使い物にならない。
コンスタントにそこそこ面白くて、
時々ホームランをかっ飛ばさなきゃならない。

それよりも何よりも、沢山の失敗を経験してるかどうかが、
この記事の趣旨だ。


段ボール二杯書け、
と新人の頃は常識だった。
そんなの無理だと思ったけど、
日々何案も何案も企画を作っていたら、
一年で段ボール一杯を越えた。
二年も立てば段ボール二杯には簡単に届いた。

それぐらいやるとどうなるか。

ぱっと思いつく大体のことは、考え尽くしたことになるのだ。

更に考えるとき、
一回考えたところは考えない。
同じネタを使い回すのは詰まらないと考えるからだ。

従って、次に考えるとき、
まだ誰も考えてない所を考えるようになる。

あるいは、
既に誰かが考えたところを再利用するだけで正解の仕事なら、
わざわざ考えずに流しで出来るようになる。
つまり、結局は新しく考えることに、
リソースを割けるようになる。


若い頃は、考え方がわからない。
企画の仕方みたいな本が沢山出てるのは、
そういうことだ。
でもあんなの身につくはずがない。
本を読んだだけでピッチャーのフォームがマスター出来ないように。

結局、自分なりにこうだろうかとかああだろうかと試行錯誤して、
あの本のあれはこういうことを言っていたのだな、
と、体で理解するしかない。

考えることなのに体で理解するの?
僕はそうだと考えている。

脳だけで人は独立していない。
手や口の出力と連動してはじめて考えを外に出せる。
脳を直接スキャンしない限り、
私たちは指や声帯や身ぶり手振りで、
自分のアイデアを形にしなければならない。

だから考えることは半分で、
表現することが半分だ。

体がどうやって脳のなかを表現するか、
を私たちは鍛えなければならず、
体がこう要求するかも知れないが脳はそれ以上を考える、
と、脳は体からフィードバックを受けないと考えることは出来ない、
と僕は考えている。
(口述筆記は、書かれた文字からのフィードバックがないため、
表現としてよれまくっていくそうだ。
現実世界からの確かなフィードバックがないと、
脳はいまどこにいるかを確認できないらしい。
タッチパネルのキーボードが、長文を打てないことと同じだと思う)

ピッチャーのフォームも同じ。
足はどこにいるか、踏み込みはこれでいいのか、
手のふりはこの角度なのか、タイミングは、
などなどを考えながら理想に近づけていく。
一回じゃ出来なくて、
何万回もの試行錯誤の結果、
要求に対して一番無駄のないフォームが出来上がる。

要求が上がればまたフォームを改造していく。
一回じゃ改造出来なくて、
また何万回も試行錯誤してのうえだ。


僕は、考えることは、これに似ていると考えている。

企画をすることは、
莫大な失敗の経験が必要だ。

失敗して痛い目にあう。
じゃこっちはやめとこうなのか、
前失敗したけど今回はこれをものにしなければならない、
なのかは要求によって異なる。

ピッチャーのフォームの失敗なら体を多少痛めるけど、
企画の失敗なら、紙一枚をくしゃくしゃにすればよい。

一応くしゃくしゃにしたものも取っておくと、
それはそのうち段ボール二杯になるというわけだ。


失敗は若いうちにするのがいい。
鉄は熱いほうがいい。
立ち直り、回復するのは若いうちがいい。
おっさんになってからの失敗は、色々キツイ。
だから転ぶなら若いうちだ。

入社して二年で段ボール二杯を書け、
というのは、理にかなっている。
どうせ若いうちから企画を採用されるわけないのだから、
先輩の実戦を見ながら、
沢山失敗して、現実との距離の取り方を試行錯誤しておけ、
という教えなのである。

僕は忠実にそれを守ったので、
今CMの企画なら一時間考えれば出来る。
昔は一週間かけたし、
一ヶ月かけて企画する会議に毎日出てもいた。
億が動くビジネスの企画はそういうものだ。

さて。

これを見ている人は学生さんが多いのかね。
学生さんなら毎日書ける。うらやましい。
社会人なら電車の中か、家にいる二時間ぐらいしか時間がない。
一日使えるのは週二日しかない。
それだけの時間で、段ボール二杯ぶん企画を潰してみよ。

そこまでやって初めて、
「考えることに慣れる」が出来るようになる。

インプットの時間とは別だ。
「自分の中にあるものを加工して調理して、
新しいものとして生み出すこと」に、
莫大な時間をかけて慣れるのである。

新しいものを生み出すには、
失敗がつきものだ。
ようし企画しようとメモにアイデアを書き出すけど、
実際の企画にするのは、その中の一部だ。
あとはメモには書いたけど、
頭の中で失敗したやつだ。

それを一時間ほど集中して試行錯誤すれば、
いくつかの失敗したものと、
いくつかの成功したものが出来上がる。

ぱっとそれが常に出来るようになるには、
段ボール二杯ぐらいは失敗している必要がある。



新人の企画を見ていると、
失敗慣れしていない、と感じることが最近多い。
そこは失敗だから、転んで痛い目にあってない、
という状態のものを平気で出してくる。
だから僕は、痛い目にあわせる怖い先輩になることにしている。
つまらん、とその企画を投げればいいだけである。
言い訳はいらん、俺を楽しませろ、と。
もちろん、否定されるだけのものを書くのが悪いのだけど。

もっと失敗しておくんだ。
もっと転んでおくんだ。
試行錯誤が足りない。
練りが足りない。
足の位置はそこじゃない。
もっと数をやってれば、うっかりそんなところを踏んだままモーションに入らない。

怪我を沢山しよう。
幸い、頭の中のことは、寝れば回復する。


最近、某代理店の企画がぬるくて詰まらない。
段ボール二杯書いてないやつらばかりで、
企画のプロのレベルに達していない。
そういうあまちゃんになってはいけない。


考え慣れをせよ。

目をつぶってもフォームが乱れないのが、
それだけ数をやってきたプロの証である。
考えとは感覚だ。
感覚とは、現実世界に対して、脳と体が一体で働く感じだ。
posted by おおおかとしひこ at 11:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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