2017年06月28日

考え慣れすると、出来るようになること2

それが平凡なアイデアか、レアなアイデアかを、
分かるようになる。


閃きや思いつきには、質がある。

それが効果を出すかどうかということと、
それが平凡かどうかである。
(あとコストも)

「筋肉をつけたい」という問題に対して、
「閃いた! 重いものをもって、何回も上げ下げすればいいんだ!」
と閃いたとしても、
それは平凡なアイデアだ。

(筋トレが平凡なアイデアでなかった時代もある。
中国拳法では、筋トレ自体が秘伝である。
中世では、筋肉を増やすことが出来るというアイデアは、
ポピュラーではなかった。
つまり、アイデアの平凡性は、
皆が知っているかどうかで決まる。
外国のアイデアが素敵なものばかりに見えるのは、
我々が無知だからだ)


考え慣れしていると、
そこはすぐに思いつくだろうというものと、
なかなかこれは思いつかないぞ、
というものがあることに気づく。

歯車やネジ巻きなどの、精巧な機械の部品は、
よく考えられてあるなあと感心するものがいくつもある。
カム構造とか初めて知ったときは唸ったものだ。
エンジンすげえな、とか。


知らないものは、それだけで価値がある。
誰もが知ってるものは、ポピュラーで使いふるされている。
その感覚が、考え慣れすると身につく。

あらゆる身の回りのものが、
誰かが考えたもので出来ているということを感じながら、
生きていくからである。


勿論、ポピュラーな中にも定番でいいものはある。
誕生日にプレゼントしようというのも、
もとは誰かの発明だ。
だから、何がポピュラーで何がレアか、
感覚として持っていないと、
それが素晴らしいアイデア
(効果的で、まだ誰もやってなくて、かつコストがたいしてかからない)
かどうか、判定できないのである。


よくわかってない人は、
アイデアが平凡か非凡かを判定できずに、
自分が分かるアイデアだけを素晴らしいという。
だから平凡なアイデアしか認めない平凡な人が増えていく。

あるいは、自分の理解を越えたものだけを、
凄いと手放しでほめるバカになったりする。
それが妥当かどうか、効果的かどうか、
破綻していないかどうかが分からないので、
思考停止するのである。

いずれにせよ、愚かだと僕は思う。


考え慣れしよう。
人の考えや自分の考え方を、相対化できるようになるぞ。
posted by おおおかとしひこ at 19:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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