2017年08月08日

表現の歴史を知る

たとえば、昔「夢落ち」は厳禁だと言われていた。
色々あって、「なんだ夢かあ」となっては、
これまで築いてきたものが全否定され、がっかりだからである。

しかしたとえば、
「実は主人公は狂っていたのだ」という手法によって、
夢落ちは現実的なストーリーを紡ぐ方法を得たようなものだ。


あんまり例を挙げるとネタバレになってしまうので、
沢山の作品を出すことは控えよう。
その、「狂っていたのだ」を題材とした映画に、
ナッシュ均衡の数学理論で有名なジョン・ナッシュを主人公に描いた、
「ビューティフル・マインド」という映画がある。

数学者である彼は、
世界中にある数字の情報に、ロシアの暗号が含まれていることに気づく。
その謎の暗号を必死で解く。
暗号たちは彼を翻弄する。壁に少しずつそれらを貼っていく。
しかしあと一歩まで迫ったそのとき、
彼は狂っていたことがわかる。
壁一面に膨大に貼りつけた、
関連していると思われた暗号は、
ただの数字だったのだ。

この物語が秀逸なのは、
これは落ちではなく導入だと言うことだ。

夢落ちは、これまでを台無しにする全否定だ。
それは主観に過ぎなかった、
と言われればがっかりだからだ。

ところがこの物語は、
全否定が衝撃的に響く。
「私は狂っていた」という自覚によって。

以降は狂っていたことを認めて復帰するという、
力強い物語になる。それが本作の本題だ。

本題を台無しにする夢落ちを前半に使い、
うまく前提をひっくり返すことに成功しているわけだ。



「主観ではそう思っていたのだが、
ラスト、狂っていたことがわかり、
その人物はいなかった/その世界はなかった」
などのようにどんでん返しする作品が、
一時流行った。
どんでん返しの新しい手法に、
夢落ち的なものが加わったのだ。

「今までのは全部ひっくり返る。
そういえばあれもこれも、全て辻褄があう」
という、今までの伏線が一気に効いてくる、
どんでん返しの一種であるから、
用意周到に仕掛けられなければならない。

「今までのことを決着できないから、
夢だったということにしてうっちゃりをかます」
という、未熟な意味での夢落ちではないことに気をつけよう。


主人公は○○だった、というどんでん返しでは、
狂っている以外にもいくつかパターンがある。
ナイトシャマランはそれで世に出た。
これは一種の叙述トリックかもしれないね。



(以下ちょっとした作品リスト。見たくない人は、
この()のブロックを飛ばして先へ。


「アンブレイカブル」「シックスセンス」がある。
構造を逆手にとった「ヴィレッジ」もあった。
シャマラン以外では、
大昔には「ジェイコブス・ラダー」もあったなあ。
そうそう「シャッターアイランド」や「アザーズ」なんかもね。
僕はフィンチャーの「ゲーム」が好きだ)






映画は主人公が語り手のようなものだ。
だから語り手に関してなら叙述トリックを仕掛けられるわけだね。

全てをひっくり返して責任をとらない、
未熟な手法としての夢落ちは、
全てをひっくり返して辻褄を合わせる、
熟練のどんでん返し叙述トリックへと、
進化したわけだ。

こういうことを知るのも楽しい。
解説してくれる人がいないと分からないことだろうけど。

横断的に手法を見ていくと、進化の歴史があったりする。
それは、みんな色んな映画を見て、
パクるのではなく、
より新しくしようとしてきた結果なのだ。

パクるやつは死ね。
劣化コピーも死ね。
ララランドはパクリと劣化コピーだらけなのに、
それを知らない世代に受けている。
進化どころか、映画の退化である。
学者がちゃんと系譜を紐解かなきゃねえ。
何をやっとるのだ学者たちは。


映画を勉強する、ということは、
そのような影響関係、進化関係を見るということでもある。
昔の映画がたいして面白くなくても、
「それを初めてやった映画」だと知ると、
それ以降のあれもこれも、全部これの系譜なのか、
とわかることもあるわけだ。

たとえば「駅馬車」は、密室ものを移動する車(馬車)の中でやった、
(おそらく)初めての作品。そういう感じ。

たくさん映画を見よう。
ただし、面白かった面白くなかったという観客の目線(これも大事)ばかりでなく、
このような表現の歴史の系譜を知りながら見ておこう。
過去を知れば、「そこは既にやった人がいる」を知ることができる。

我々は、「まだ誰もやったことがない面白いこと」を、
つくるのが使命である。
posted by おおおかとしひこ at 12:32| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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