2017年09月13日

なぜ成果主義か

どれだけ複雑なパズルを、
どれだけ見事に解いたか、
わからないからじゃないの?


数式が美しいとか、
解法がエレガントであるとか、
そういう風に理系の世界では言う。

一見複雑な事象がいかにシンプルな公式にはまっているかとか、
(複雑な事象のなかにシンプルさを発見することが理論である)
普通に解けばとても複雑な解法しかないところに、
一本補助線を引くだけで、
あっという間にパズルが解けるとか、
そういうことに価値を見いだすのが数学や工学である。

脚本は理系のものだとよく言われる。
複雑なパズルをうまくシンプルなストーリーラインに纏めることは、
文系よりも理系の方が得意かもしれない。

さて。


そのパズルがいかに見事に解かれているか、
理解できないバカがいるとしよう。
そのエレガントさに価値を見いだせないバカだ。

だとすると、ヒットしたとかしなかったとか、
自分の価値判断でないものを、
基準にすることになる。

そこでどういうシンプルさに見事に纏めたかとか、
いかにうまいどんでん返しをしたかとか、
それを味わうだけの能力がないバカが、
他人の評価基準で、
その成果を判断する。

大衆には理解されなかったが、
本質的には素晴らしい作品は、
こうやって発掘されないまま埋もれて行く。
数式や物理法則やパズルならば、
学会の論文にあるから、
後世の人間が再評価することも可能だ。

しかし映画や映像や脚本は、
アーカイブが残らない可能性、
すなわち絶版ということもあるわけだ。


成果主義は、一見、
上に認められなくても実際の成果を出したケースを拾える、
夢の仕組みに見える。

しかし実際のところは、
自分で仕組みを理解して、
それを自分の基準で判断する、
賢さを育てていない。


世の中バカばかりで、
少し今日は絶望している。
脚本論をここでどれだけ書いていても、
自分にとっては、バカと距離を開け続ける不幸を背負っていることになる。
バカ死なねえかな。
バカと付き合わずにスマッシュヒットはどう出せばいいのかな。
バカを騙すしかないのかな。
そういう人付き合いが苦手だから、
裏方に回ったんだけどなあ。
posted by おおおかとしひこ at 22:23| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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