2017年09月18日

ミュージカルの歌の解釈

さっき銭湯の待合室でテレビを見てたんだけど、
「関ジャム」にミュージカル俳優が出ていて、
「歌は台詞」という、
僕の考え方とまったく同じことを言っていて、
なかなか興味深かった。


さらに技術論で実演してくれて、
台詞から歌に入るとき、
台詞と歌を分けてしまっている、という例、
台詞から歌が連続した声色になっている例、
の二つを明快に演じ分けてくれて、
なかなかに良かった。

ミュージカルで何故突然歌うのか?
とタモリがよくいう。

それは、突然歌に入ってしまった、
下手くそなミュージカルしか見たことがないんだね。

本当のミュージカルというものは、
台詞からいつの間にか歌になっていて、
歌に入ったことすら気づかないものだ、
と彼も言っていた。

歌は台詞の一部である。
台詞は歌の一部である。
メロディがついてる台詞こそ、ミュージカルだということ。

さらに、
「いい歌は、歌が終わったときにストーリーが進行している」
とも彼は言っていた。
台詞の応酬なんだから、当たり前だよね。

逆に言うと、歌のシーンが、
台詞を応酬してストーリーが進まない、
停滞したシーンになっているとしたら、
それは下手くそな脚本だってことだ。

ミュージカルだろうがそうでなかろうが、
脚本の原則はつねに同じだ。

同様のことは、
アクションシーンでもラブシーンでも、
ダンスシーンでも言えること。

それらは特別な何分かの枠を提供するのではない。
それは全部台詞の応酬と同じことなんだ。

だからそれは、ストーリーが進むのである。

台詞を言う代わりに、弾丸をばらまいたり、
台詞を言う代わりに、車で突っ込んだり、
台詞を言う代わりに、キスしたり、
台詞を言う代わりに、腰を抱き締める。

映画とはそういうこと。
posted by おおおかとしひこ at 00:22| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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