前記事の続き。
逆を考えてみるといい。
ダメな人を非難することばに、
「そういうときにそういうことする?」というのがあるよね。
それは、
全体の文脈が見えてなくて、
個人の要求で動く人のことだ。
TPOをわきまえず、
空気を読めてない人のことだ。
惚れられる登場人物というのは、
つまりはこの逆で、
全体の文脈が見えていて、
個人の要求を抑え、
(または個人の要求と全体の文脈を折り合わせ)
TPOをきっちり守り、
空気を読む人のことを言う。
あるいは空気を読んだ上で、
あえて従わない人のことだ。
それはみんな空気を読まなければいけない、
窮屈な場にいるから、
あえて破れる人に憧れるからだ。
無自覚に空気を読めてないのはただのバカだけど、
あえて空気を破るのは、
空気を読んだ上での行為だから、
勇気や責任を伴う。
そこに魅力を感じるというわけだね。
つまり、
そもそも登場人物の魅力とは、
文脈や空気があるときに、
何をするか、何を言うかで決まる。
「○○な性格」だけで決まらない。
もし決まるんだったら、
星占いの本を読んで惚れてればいいさ。
個人的に相性のいい星座には惚れるかも。
しかしそれは万人には当てはまらない。
いま、万人が惚れることをやろうとしている。
「○○なスペック」でも決まらない。
特殊なスキルを持っていたり、
身長が高くてスタイルが良かったり、
逆に身長が低くてかわいかったり、
年収がものすごかったりするだけで、
惚れることはあるかも知れないが、
それはその人そのものではなく、
単なる属性に過ぎない。
それはガワであり中身ではない。
まず属性を好きになり、
次に中身に惚れるというルートはある。
しかし中身を好きになったら、
属性はおまけにすぎなくなる。
逆に、属性で好きになったとしても、
中身で幻滅すれば、
この人は好きではないと考えるだろう。
そしてまた似たような属性の別のキャラを探して、
他所へいってしまうだけだ。
もちろん、「自分の好きそうな属性」
というのが人にはある。
これは趣味嗜好で、もっといえば性癖に近い。
マーケティングとは、これを統計化するものだ。
確率の多い性癖を量産すれば売れる確率があがる、
というだけのことである。
需要に対する供給だ。
逆に、この供給は、性癖を満足させておしまいだ。
その先の「中身に惚れ込む」という段階のことを考えていない。
好みのタイプの女の子を指名する風俗を思いだそう。
写真ではいいと思ったけど、話してみるとイマイチ。
これがマーケティングの悲劇である。
写真ではどっちでもよかったが、
プレイは意外に良かった。
こういう場合にのみ、リピートする。
しかし、人は「こういうガワがほしい」と言うことはできるが、
「こういう中身がほしい」と言うことはできない。
(なんか良かった、としか言えない、結果論)
これがマーケティングの理論的限界だ。
私たちは、ガワで釣り、
中身で惚れさせるのだ。
僕はずっと、
キャラクターの性格表を作ったりすることを否定している。
それは、
中身を作ることを放棄して、
ガワで満足しがちだからだ。
性癖を並べてニヤニヤしておしまいになってしまい、
その先のプレイ内容で満足させることを、
考えなくなってしまうからである。
あるいは、どんな複数の中身があるかなどという、
複雑なことを考えるのは骨がおれるので、
性癖並べまでしか頭を使わなくなってしまうからだ。
あなたは、どうやって人を好きになるのか?
そのシミュレーションをすればわかる。
幻滅するのはいつか?
そのシミュレーションをすればわかる。
「そういうときにそういうことする?」
「そういうときにそういうこと言う?」
が、恋が冷める瞬間ではないかな。
つまり、文脈と、行為や言葉の問題なんだよね。
もちろん、幻滅させたければそうしていい。
たとえばデスノートの夜神月は、
最後にはみっともない姿を見せて死んだ。
これはわざとそうして終わらせたと、
僕は考えている。
デスノートは、基本的に追われる話である。
悪いことをしてバレて逃げ切れるかどうかという話だ。
逃げ切れなかった落ちで、
月への憧れを落としたのだ。
人に惚れるとき。
「そういうときに、そういうことができる」
だと思うよ。
クラスで普段は別になんてことなかったのに、
いざ何かあったときに、
誰もできなかった何かができる人。
その人にみんな惚れる。
普段の文脈はどうでもいい。
物語とは、普段じゃない文脈での、
人のあれこれを描くものだ。
2017年09月25日
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