今日は仕事で横浜へ。鶴見を通過。
そうそう、10話の電波塔、
東京タワーだと思われてるけど、
設定上は白鳳学院の近くの電波塔。
調布ぐらいの町規模がイメージでした。
実際のロケ地は鶴見の電波塔です。
鶴見川の河川敷から撮影しました。
(調べると、三ツ池タワーの愛称があるらしい。
なんとtvkの電波塔で、我が家にはここからオンエア電波が来ていたのか。
不思議な巡り合わせ)
ロケ地巡りにどうぞ。誠士館(大倉山記念館)も近いしね。
足を伸ばせばコスモワールドもあるよ。
勿論二人が着地したあとは、屋上に作ったオープンセット。
予算がないから鉄骨はスチロール製。
二人が動くと微妙に揺れたりして。
しかし、その物言いがあまりにも上から目線で、「どうだ、俺はすごいだろう、俺は天才だろう、世の中の同業者、女、芸術家、文系は……とりあえず誰も彼も全員バカだ!それと違って俺は、俺は、俺は俺は……」この自己主張と物言いに、読んでいて気分が悪くなった
自分が人並みはずれて立派で、天才で、素晴らしい人間だと思い込む人間こそ、人を見下す
いくら技術を持っていたとしても、人を見下すしかできない人間に、人の心に降りて、本当に人の心を動かす脚本は書けるのだろうか
人を見下して物を言うことは、批判なのか?
自分がたまたま知っている、たまたま気づいたからといい、それを知らない人物を揚げ足に取り、こんなことも知らないヤツは脳無しのバカだと決めつけ、それと自分とを比べて優越感を得る
多視点で批評ができないことに呆れた
私の思い込みは、外れたようだった
あなたが見下す作品を私は全て知っているが、あなたの作品を残念ながら私は一つも知らない
人を見下す人間は、もちろん人から見下される
天才ぶる前に、低評価のご自分の作品をまず見直したり、人を不愉快にさせない物の言い方について少しは考えてもいいのでは
……天才ぶる割には、大した作品に関わってないではないか(笑)
これがあなたの物言いです
ドラマ「風魔の小次郎」がおすすめです。
隣の部署の同僚が、コーヒー片手にふらりとやって来て「シマウマのCM見た?」と一言。
とにかくド派手で、メジャーなタレントを使い、やたらと金をかけた広告がモテハヤサレ、力関係で賞をゴリゴリとりまくるバブリーな時代。「シマウマのCM」の潔い程のシンプルさと、アイデア勝負の体当たりな制作姿勢が逆に格好良く、放映当初からジワジワときていたので、
「あれ、いいよなぁー!」と即答。
「アンタなら、あれの良さが分ると思ったわ〜」
同僚2人で、シマウマCM話で盛り上がりました。
ほどなく、件のシマウマCM「AC公共広告機構:シマウマ ”一人にさせない編”」は広告専門誌でも高評価を受け、広告業界に携わる人間なら、知らぬ者はいない作品になっていました。
「やっぱ、私らの目に狂いはなかったー!」
と、同僚2人で更に大盛り上がり。
「サントリー犬以来のヒットだわ〜」
「あんな仕事ができる環境が、羨ましい…(涙)」
「シマウマってさ、やっぱ合成よね?」
缶ビールを片手に駅の階段に座り込み、同僚と終電までシマウマCM話から、将来の夢など語り飲み明かしたのも、若い時代のいい思い出でした。
それが。
そのCMの企画制作さんが、まさか。
実写版「風魔の小次郎」の監督をされていたとは!!!!!!!
知った時の衝撃と同時に、<ああ、やはりそうなのか>と妙に納得しました。
ド派手でもなく、メジャータレント起用でも、大金頼みでもないのに、見た人の心をガッツリと鷲掴みにしてしまうあのクオリティ。
個人的に、大岡監督が実写版の監督だったことは、奇跡のひとつです。
(なので、未見の方はぜひとも実写版「風魔の小次郎」はオススメです。)
そんなこんなで。
実写版「風魔の小次郎」10周年おめでとうございます。
まだまだ続編を『ただひたすら待ち続けています♪』と歌ってしまうファンの一人です。
どうか再び、「やはり私らの目に狂いはなかった!」と叫ばせて下さい。
よろしくお願い致します。(全力)
長文失礼いたしました。
どんな仕事でもそうでしょうが、
自由に采配を振るえるときと、そうでないときがあります。
シマウマと風魔は前者でした。
ワシが止めたるから自由にやれや、
という剛毅なプロデューサーたちでした。
勿論、自由にやって失敗することもあります。
がんじがらめの中いい仕事が生まれるときもあります。
それでもトータルで打率3割あれば優秀な監督と呼ばれた時代です。
今は勝率10割を求められます。
いや、負けない試合を求められてるのかな。
炎上を避けるような、もはや別のスキルばかり求められます。
出来るだけ遠くへ行こうというより、
出来るだけ事故を避けようみたいな感じ。
リスクだけで言えば、シマウマは1500万の赤字です。
合成が人海戦術で、その人件費。
ええもん作ったから他の儲けで補填しようや、
というどんぶり勘定(いい意味で)の時代でした。
それだけ他の仕事もたくさん回っていた。
その赤をリスクと見るか、リターンと見るかの違いですね。
風魔からこっち、随分時代が変わりました。
今の時代でもいいものが作れる体制作りを、
僕は模索中です。