2017年10月12日

失敗と反省

最近反省会がない。これは問題だ。
社会が失敗を恐れ、一回アウトで免停みたいになっている。
人生は3アウトでチェンジではない。
死ぬまでアウトがあっても構わない。
死ななきゃそのうち点がとれる。
アウトの度に反省会をして、改善を繰り返せば。

ということで、僕の失敗談と反省会を話してみよう。


結論から言うと、
「スプレッドはストーリーではない」
ということを痛いほど学んだ事例だ。

スプレッドとは、あるアイデアを芯にして、
バリエーションを沢山考えることだ。
これは水平方向のアイデアである。
時間軸を持たない。

時間軸を持たないアイデアを増やしても、
静的構成は豊かになるが、
動的構成は1ミリも進まない。

そういうことを以下の事例で確かめてみよう。


渡辺ヒロコというアーティストの、
「その日まで空を見て」というPVを作ったときのこと。

当時15秒30秒しか出来ない我々にとって、
「長いものが描ける」というのは、
それだけでストーリーテリングのチャンスだった。
5分ぐらいだったかな。
何か歌の内容に引っ掛けさえできれば、
面白いストーリーを作れるチャンスだ、
僕はそう思って仕事を引き受けた。

しかし僕が入った時点で大枠は決まっていた。
CDジャケットのメインビジュアルが、
曲名に引っ掛けて「青空のスープ」を白い台所でいただく、
というのに決まっていたのだ。
(白い皿に青いゼラチンで青空をつくり、
クリームか綿で白い雲をつくろうと決まっていた)

PVは、三分間クッキングのように、
白い台所で、その青空のスープが出来るまでを追おう、
と決まっていた。

そのディテールを考えてくれと。

冒頭は既にイメージが出来ていて、
水と卵と牛乳を寸胴鍋に入れたら、
羊のぬいぐるみを突然投入し、
次にへんな材料を投入し…
という感じだった。

そのへんな材料と、途中の料理の段取りを考えてくれと。
かわいくてメルヘンな感じになるといいなあということ。
たとえばイモリの黒焼きは真逆だと。

ふむ。色々考えることにする。
スプレッドだ。

いきなり羊のぬいぐるみを入れてもいいが、
「直毛の羊」を電子レンジに入れてチンしたら、
「チリチリの羊」になってるとか。
七色のプリズムを大根おろしでおろすとか。
紙飛行機を出来るだけ遠くから投げ入れるとか。
タンポポの綿毛を土手にいって取ってくるとか。
ビニール傘をバキバキにミキサーするとか。
そらまめを入れるとか。
クレヨンをみじん切りにするとか。
詩を読む時間だけ待つとか。
最後に歌のサビの部分を使って、「おまじない」とするとか。

とにかくメルヘンで、笑いにもなる感じのものを、
沢山沢山発想した。

歌詞に引っ掛けて出したアイテムもあった。
それらを寸胴鍋でぐるぐる煮詰めて
(中のものは見せない)、
最後に皿にうつすと「青空のスープ」になるという落ち。


かわいくてメルヘンで、少し狂気も入っていて、
撮影前はなかなかいけると思っていた。

これが大失敗だったのだ。


何故なら、話の吸引力が、
「次はどんな材料でどう調理するか」
しかないからでかる。

7、8品くらいまでならスプレッドを楽しむことも出来るだろう。
面白いね、メルヘンだね、
なんて掌で把握できるレベルで終われただろう。

ところが、5分もそれだけじゃ持たないんである。

1番が終わる1分半くらいで、
大体の仕組みは分かってしまうと、
そのあと3分半は、
もうそれは分かったから、
材料違い調理法違いのバリエーションしかないのが詰まらなくなり、
もっと別の展開を見せてくれよ、
と思ってしまうのだ。


スプレッドは、
紙の上で並べているときは楽しい。
集合写真や総覧の楽しさである。

しかし、ムービーは総覧ではない。

あることについてのスプレッドを求めるものではないのだ。

時間軸のあることについて、
便利な言葉がある。
「以下同文」だ。

大体あと一緒だったら、省略する。
それがムービーだ。
残り三分半は、以下同文で省略するレベルのことだったのだ。

それを総覧が面白くて、
40個か50個の材料を入れたような記憶がある。
以下同文を延々と見させられる方は、
苦痛である。


ここまでが失敗の分析。
ここから反省会。

じゃあどうすべきだったのか?


以下同文で省略するレベル以上のものを考えれば良かったのである。
たとえば、目的は空のスープを作ることだから、
それを妨害すればよい。

悪人が来てその子をさらうとか、
スープが盗まれるとか、
雨が降ってきてスープが台無しになるとか、
だ。

あるいは動機を作る。
なぜ彼女は青空のスープを作るのか。

落ち込んだ友達をなぐさめるため。
病気の子どもに希望を与えるため。
明日遠足だから。

なんでも構わない。
で、それに締め切りなどの、後ろからの動機を加える。
明日までに作らないといけないとか、
明日雨が降る予報だから、
雨が降り始める前に完成しないといけないとか。
明日デートだから晴れてほしいとか。
明日彼氏が来るけどずぶ濡れでも青空のスープを味わってほしいとか。


話を前に進める推進力を手に入れなければならなかったのだ。
「次はどんな材料だろう?」
なんて興味は4個か5個で消えてしまう。
別の展開に興味を持たせなければいけなかったのだ。
技術的に言うと、焦点の変更だ。
すなわちターニングポイントだ。

もっとも、
僕はプロとして30秒以上をやるのは初めてで、
しかもPVは実質サイレントムービーだから、
それで出来ることをよく分かっていなかった。

繋ぎ終えて、最初から最後まで見たときに、
初めて「持っていない」ということを痛感したのだ。


そもそもアイデアを出して決定していた人々が、
僕の前にはいたから、
彼らは「イメージ通りのものができた」と喜んでいたが、
僕はそれはぬるいと思った。
1番は見てくれても、そのあとは興味をなくすからである。
それは我が子がかわいい贔屓目で、評価が歪んでいるぞ、
と指摘したくても、
自分もそこに巻き込まれて、メルヘンだなあとか言っていたから、
引き返せない。

スプレッドはストーリーではない。

僕の反省は、そういう言葉に結実するわけだ。




失敗しよう。
ただし、ただでは起きるな。
失敗したぶん強くなれば、どんどん強くなる。
失敗を恐れる社会は無視しろ。
習作で、バンバン失敗して、反省会をやって、
次は同じ失敗をせずに、
反省会を生かして成功せよ。

成功は偶然を引くことでしかない。
勝利は、失敗の反省のあとにある。

ここで書いてることは、そんなものの詰め合わせである。
posted by おおおかとしひこ at 10:28| Comment(2) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても参考になりました。
持たないなと思ったら1度焦点を考えてみたり、
あるいは動機を描写したり…

同じことの繰り返しでは飽きてしまいますからね。
そんなこと誰でもわかってるのに、
自分が作ってる時は気が付かないのが
厄介たまなあ…と思います。
Posted by kyky at 2017年10月12日 19:10
kykyさんコメントありがとうございます。

自分で作ってるときはいけてると思うんですよ。
「行けててほしい」という願望がそこに混じってるときは、
危険信号です。
多分赤信号です。
無意識の警告を、自分かわいさ意識が理屈で逃げようとしてるときです。

転ばぬ先の杖を探すのではなく、まず転んで泥に浸かってみて下さい。
そうでないと泥沼から脱出する経験が積めません。
泥沼は、二日に一回は来るんですから。
Posted by おおおかとしひこ at 2017年10月12日 19:24
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