2017年10月22日

【カタナ式】目で見ないタイピング

まさか、心眼で?

それに近い。
結論で言うと、
「目でタイプしてる文字を追うのではなく、
指の動きで感覚を見る」
ということ。


ミスタイプに気づくとき、
目で気づいていないだろうか?
それは遅い。

ミスタイプの原因は目のミスではなく、
手のミスだからである。

手が何かを間違えて、
それが(手の動きとは異なる)文字に現れただけだ。
ということは、
ミスを正すには、
モニタの文字的ミスを、手のミスに逆変換して、
手の動きを矯正しなおすという、
行ってこいが発生する。

これは、速度と効率において致命的にダメだと僕は思う。


ミスは手で感じるべきで、
ミスの矯正は手でするべきだ。
結果、出た文字はあとでついてくる感覚。

こうしないと、「指で喋る」速度にはならない。

あ、ミスした→どこだ、ここか→正しい指使いはこう
よりも、
あ、ミスした→もう一回正しく打とう
と、神経回路だけで考えることが可能になる。

脳を経由せずに、手から腕の当たりで考える感覚だ。
これは楽器をやってる人や、絵を描く人は、
わかる感覚かも知れないね。
手でやるとはそういうことだ。

ちなみに中国武術の世界では、聴勁というのがある。
接近戦において、目を頼りにするのではなく、
接触した手の感覚で相手の動きを察知する、
というやつだ。
柔道や相撲やレスリングの経験者なら、
一度組んだあとに離れないという条件なら、
目隠しをしても試合は出来ることは予測できるだろう。
相手に触ってさえいれば、
微妙な動きや重心から、相手の動きに合わせることは出来ると思う。
中国武術が特異なのはそれを打撃戦でもやることで、
太極拳や詠春拳では、触れた距離からの目隠し組み手を、
実際にトレーニングする。

目で追っていては遅い。
手の感覚でついていくほうが速い。

実際、指が喋る速度では、
秒5.7打(ローマ字換算)以上で打つわけだから、
武術の手数よりも速いペースで処理しないといけないわけで。


ブラインドタッチを教えるときに、
「モニタでミスがチェックできるから」
なんてのは方便だぜ。

ほんとは、モニタの字すら見ていない。
字を書くときに、多分目なんて使ってない。
思考に意識が割かれているだろうから。

目は、誤字脱字チェックをする程度だろう。

それくらいのスピードどないと、
字を書くとは言えないんじゃないだろうか?



ということで、
指から前腕までがミスのチェック、
頭は思考、
目は誤変換チェック
(または写すべき手書きの原稿に集中)、
に役割を分担させるのが、
今のところいいと考えている。

正しく指が打ってれば、暗闇で文字を書くのと違って、
ちゃんと打ててるだろうからね。
僕がQWERTYローマ字のころは、
手元の写すべき原稿とキーボードしか見てなくて、
画面なんてほとんど見てなかった。
誤変換しそうだな、あるいはひらがなにしたいけどスペース打ったら漢字になるだろうな、
というときだけモニタを見ていた。
それの、キーボードを見ない版になるということ。

つまり、タイピングに目は使わない。
情報の入り口にしか使わず、
フィードバックには使わない。
手がフィードバックを感じるようにする。

ブラインドタッチという言葉を僕が好んで使うのも、
もはやモニタも見ない、という意味で使っている。
posted by おおおかとしひこ at 21:10| Comment(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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