2017年10月30日

本当に面白い話とは、「もう少しここにいたい」と思うもの

世界に魅力があったり、
人物に魅力があったり、
人間関係に魅力があったり、する。


しかしそれらは永遠不変ではない。
それは常に変化する。
しかも、我々の日常よりも、
少しばかり速いスピードで。

その疾走感こそ、物語の魅力だ。
置かれた状況は刻々と変わる。
人間関係も、人の考え方も態度も変化する。
世界も崩れて変化して行く。

つまり、世界の微分は0ではない。
常に変化している形が、物語の状態だ。

どんなに魅力がある点でも、
次の瞬間には別の点に移っている。
それが物語だ。

だから、とてつもない魅力を放つ瞬間があるとしたら、
それはその僅かの瞬間のことである。
それはすぐに消えてなくなってしまう光のようなものだ。

物語と少年少女は相性がいい。
それは、変化して行く生き物であり、
一瞬の煌めきが貴重だったりするからだろう。

(オッサンやオバサンは、もう変化しなくて、
煌めきが足りないから、物語の主人公になりづらい。
しかしオッサンオバサンが、少年少女のようになる瞬間は、
物語の余地があるかも知れないね)


つまりは、物語とは、少年少女の一瞬の煌めきだ。
ある瞬間の輝きだ。
それはもう通りすぎたものにも関わらず、
あまりにも魅力的なので、
その瞬間を永遠に閉じ込めておきたくて、
もう少しここにいたいと思わせる何かである。

当然のことながら、
物語は、さらに魅力的な何か窯変してゆく。
どんどん魅力が増えていかないと、
面白い話ではない。
最初の方がよかった、と言われるだけだ。
シリーズ2作目もよくこの罠に落ちる。

前を越えるのは、とにかく大変だ。
ハードルはどんどん上がって行く。

私たちは、自分の設定した、どんどん上がって行くハードルを、
次々に越えなければならない。
忍者の修行のようだ。
posted by おおおかとしひこ at 13:54| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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