2017年11月01日

【#エア再小次】其の五「贋作」の巻

市野さんからバトンを受け取り、僕の第二ラウンド。
五話六話と名作が続きます。
神回と噂の五話。今週の解説は少し濃い!
(さすがに分量が多すぎるので、
リアルタイムじゃなくて書きためたものにします)


そういえば、五話はオンエア後のファン投票一位でした。
(腐女子むけとか言っといて、十話が二位。
腐っても「女子」だと僕は思っているので、
単にBLスレスレをやりゃいいってもんじゃないんですよ。
ちゃんとラブストーリーをやれば普通に反応すると。
腐だから男しかいらない、と安直に考えるのは考えが浅いと思います。
へたくそな男女の話しか書けないからノーマルカプイラネになるわけで。
……この話は再び十話でやります)


双子というのは不思議な存在です。
魂を分けたもう一人の人。

半身願望というのが80年代に流行りました。
名作少女漫画の色々は、ほんのりしたBLに近い題材で、
魂を分けた絆のようなものを描きました。
僕は「11人いる!」ではじめてそれに触れたかな。
だいぶあとだけど「ポーの一族」もか。
(バナナフィッシュのアニメ化で、往時のファンもオロオロしてる模様)

もともと女子の願望に「魂を分けた人と理解し合いたい」
というのがあるのかもしれません。
男子はそうとは限らない。なんでかは分らないけど。
そういうときは「性癖」と考えると広い目で見れます。
腐な方々も、僕は性癖なんだ、と考えることにより、
生理的嫌悪感を抱かないようになりました。
そうか、性癖ならしょうがない。

そうそう、双子でした。

80年代は、そういう意味で双子というモチーフが割とあったような気がします。
ソウルメイトとか、前世からのつながりとかね。
最近みないね。またブームになるのかしら。
女子ほど「それな」と相手と同じことに快感を感じるからね。


双子は不思議です。
同じ顔、同じ遺伝子、少しだけ違う後天的?性格。
この世界にいる、もう一人の自分のようで、兄弟。
「一方が死んだとき、離れていてももう一方が感じる」
という都市伝説もありますね。
そのネタはつかえなかった。
死んだと小龍が知っていたら、白虎の化けた項羽をすぐ見破れたからね。
そのプロットがなければ、小龍は項羽の死を感じ取ることができたのかもしれない。
あるいは、心を閉ざしている小龍には、
それすら感じ得ないくらい、心が狭かったのかもしれない。
項羽なら、小龍が死ねばすぐに勘付いただろうに。

兄と弟は、カインとアベル以来人類のテーマ。
弟が兄の優遇に嫉妬して、こじれるパターンは多いですね。

僕は兄の立場でした。
弟は二歳下。
子供のころはどうしても体格や頭脳が勝るのは当然。
だから弟はコンプレックスを感じていただろうに。
それがなくなったのは、大学で一人暮らしをはじめたころかな。
どっちも大人でやっていくから、
上とか下とかないよね、という感じになっていったかと思う。
あんまり話さない兄弟だけど、
男兄弟ってそんな感じ。
まあなんかあったら、兄として責任を取らないと、
というのは僕の意識の中にまだあります。
どこか弟はそれに甘えてる所はあるかもね。
だから、兄がいなくなったとき、
弟はほんとに独立しないといけないだろうな。

兄弟の確執について、
僕はそんなドラマを考えていました。

項羽は死ぬ。それは原作で分かっていたことです。
しかし項羽の死に、原作はあんまり重きを置いていない。
ただ夜叉が強力だと示すような死。
あるいは、前作のリンかけと違って、殴ってのびたら終わりでない、
忍びというモチーフのシビアさを表現しているようにも思えます。
(ギリシア十二神あたりから、死んでてもおかしくないんだけど。笑)


項羽の死に、ドラマ的な意味合いを求めるとしたら。

これが五話の中核です。


僕は、「弟が兄の死によって自立する」
という「意味」を用意したわけです。
ということで中核ができれば、
あとは兄弟の確執(コンフリクト)を組めばいいわけで。

弟のコンプレックスはなんでしょう。
「おれのほうが優秀なのに」でしょうか。
兄のほうは余裕があるから、
しかしそれではダメだ、と思っているんでしょうね。
ガラスのハートじゃ世の中を渡っていけないぞと。
小次郎に対する愛情も、項羽にはそういうものがあるような気がします。

ドラマ風魔の小次郎は、
アイデンティティー探しでもあります。
それは、高校生という年代の人生のテーマです。
(風魔忍者たちが高校生か、という謎の問いはあるとして、
僕は一応高校生設定をしていました。
公式サイトに一度あげられ、何故か消された年齢設定は、
なんでそうなったか不明。
妖水と麗羅がそれぞれの陣営で一番年下の16才15才、とか結構気に入っていたのに)

風魔が疑似家族なのはそういうことです。
高校生のアイデンティティーは、家との関係が大きいからです。
仲間や友達もいながら、やはり家の中でどういうポジションに確定するか、という。
原作では風魔総帥が一家の長のはずですが、
予算の関係で総帥は省いたので、
長兄として竜魔が父親役をすることになります。

項羽は次男坊。たいてい自由の身になるポジションですな。
(霧風や劉鵬は長男の腹心としての三男四男といったところか)

一方夜叉は、核家族を象徴しています。
今の家庭はみんなスマホばかりみてるのかな。
食事は一緒にするのかな。ちょっと分からないけど、
「各自勝手に好きなことやったとしても、全体としてよくない」
みたいなことを、夜叉では描こうとしています。
(十二話で夜叉姫が自虐して狂っていましたねえ。
あれは子育てに失敗した母親とか女教師の狂い方ですよね。
小池百合子はあそこまで反省しているだろうか)


原作で、飛龍覇王剣に貫かれてから、
小次郎の出番はうすくなります。
ずっと風魔兄弟のターン。
風林火山をゲットするまでずっと怪我人扱い。
僕はそれが気に入らない。
それは主人公じゃないと考えていました。

原作はわりとすぐ風林火山をゲットするけど、
ドラマは8話までかかる。
だからそれまで主人公としての行動をしながらも、
風魔vs夜叉を描くという、
「二重のドラマ」をするべきだと。
ここがドラマ版の優れた点だと僕は考えていて、
それをねぐってしまった舞台版は、
(尺の問題はあるにせよ)
原作の浅い話にもどってしまった、と僕は考えています。
もっとも、スピード感との闘いでもあります。
原作をそのままやっちゃったら、アニメ版の尺でおさまるしね。
それを13話かけて描くには、相当の濃いドラマが必要だと。
(濃すぎた?)

だから、
三話 竜魔
四話 項羽
五話 小龍
六話 霧風
七話 劉鵬
と各キャラ回をつくることによって生き残り組を立てながらも、
小次郎のドラマを失わないようにしています。
(七話は完全に俺の拘り。この話は七話解説で)

小次郎のドラマとは、「忍びとはなにか」です。

それが鮮やかに収束していくように、全体構成を組む。
そういう意味で、三話での竜魔との対立を経て、
小次郎は初めて現実を見ます。
今回のラストで、小次郎のターニングポイントが訪れるわけです。



さて、オープニングは項羽vs紫炎。
紫の炎は夜に映えるように計算してあります。
夕日が沈むカットを撮りたかったんですが、
撮影中、なかなかそのチャンスがなかった。

ぶっちゃけ、僕は前回の台本を見ずにここを書いています。
だから四話のキャラクターとだいぶ違ったりしています。
僕の考える項羽観、紫炎観ということで。

そうそう、紫炎は原作では結果的に夜叉八将軍最強と言われていました。
キャラクター的にも女っぽいキャラが炎使いで最強、
という感じは車田っぽいし。
だから白虎と紫炎のキャスティングは逆だろ、
と当時突っ込まれていましたね。

でも、あとに分る事ですが、
白虎のキャスティングは殺陣重視です。
紫炎は突っ立って炎飛ばすだけなので、
顔芸や声が重要なのです。
ヤスカを顔芸だけで使うのは勿体なさすぎる。
与えられたキャストで勝負するには、
ベストの判断だったと考えています。
だって琳彪vs白虎は、丸山じゃ無理だよね。

紫のヅラは、以後ずっと語り草になるでしょう。
紫炎は出てすぐ死ぬので、インパクト重視を狙いました。
序盤ですぐ死ぬので、不知火とともに記憶に残したいと。
後半はドラマがあるから記憶に残るけど、
そうじゃないキャラクターは記憶に残りにくいかなあと。
(じゃ妖水は? 妖水は、あれでよかったでしょ?
ドラマのあるキャラクターと、
インパクト狙いのキャラクターをわけているんですな)
そもそも19人もいるから、
そうでもしないと区別がつかなかったはず。
(実際、このころ、現場でもスタッフが名前がわからない現象がよくあった。
でも、オレンジ頭、紫、金髪と赤、はすぐ覚えられた模様。
そりゃそうだ。アニメでも髪の色で区別することはよくある)

ということで、大体原作どおりバトル。
これくらいで原作再現なんてすぐ終わる。
だからアバン以降は、ずっとオリジナルというわけですね。
紫炎が死ぬとき無音になるのはカッコイイ。
僕は無音演出が結構好きで、
小次郎武蔵の決着もそれでやってます。

さてさて、白虎がふみつける項羽は、
双子の和弥が吹き替え。
双子はこうして使うのが撮影現場ではただしい。(笑)
(「ターミネーター」で、鏡越しにシュワが自分の手術をするシーンでは、鏡の向こうをそっくりさんで作っていたりする、
アナログ手法でやっています。
合成は、現場で撮ったとしてもあとで合うとは限らない、
つまり合成臭く仕上がってしまうリスクがあるので、
現場でうまく撮れるのに越したことはないのです。
あと有名なのは、
「シッピングニュース」で、可愛い女の子が出てきますけど、
この子、三つ子なんだよね。
だから疲れずに現場を回していける。
動物を撮るときも、区別つかねえだろ、
という前提で何頭も同じ犬がいたりしますね。
ソフトバンクのお父さんも、何頭かいるらしい)

あと、直弥は悪人顔のほうが面白い。


さて、アバンが終わって、あとはオリジナルです。

オレは兄のコピーではない、
というコンプレックスを表現するために、
部活は美術部を設定しました。
真贋ということをモチーフにしやすいからです。
当初は、和風がいっこ欲しいということで、
書道部でした。
でもオレが「真っ赤なにせもの」というのがやりたくて、
美術部にした模様。
ミートホープ事件が当時ありましたねえ。



ああ、琳彪アニキの登場は最高にカッコいいぜ。
こことバトルしかハイライトはないからな。
小次郎の寝室に項羽が襲ったとき、
全員集合するのに、琳彪はオレ脚本に書くの忘れてたし。
(原作で、「また項羽の悪ふざけか」っていうの、
琳彪だというのに……!)

このころになると、役者もだんだん自分のキャラクターがわかって来て、
色々アドリブをかますようになってきています。
麗羅がおびえるのも、鈴木のアドリブ。
うん、きみはわかっている。


朝飯シーンは、僕は唯一これしかやってません。
市野さんに食卓コントは譲ることにして、
僕はこのあと縁側をフィーチャーしています。
食卓コントに、縁側だべりで対抗というわけ。
(ネットで霧風はプリンスオブ縁側、といわれていて、ガッツポーズをとったものだ)

このあと、項羽が小龍を心配しているカットは、
多分風魔の中で一番長いレンズを使った望遠カットです。
望遠は記憶の中のカット、という感じが僕にはして、
今進んでいることとは別の時間が流れているときに、
僕はよく使います。
せっかく風魔の里で撮ったんだけど、
ほとんど周りが見えてないので、ここで撮らなくてもよかったなあ。
反省。


しかし風林火山は、こんな保管でいいんでしょうかね。
蔵の入り口にもっとセキュリティ装置がある予定だったんですけど、
予算がなくてその装置つくれませんでした。
風林火山の桐の箱作るので予算が尽きた。
(市野さんの技を盗むなら、手元をうつさずに、
最新式のロックが外れる音だけ使えばいいのかね)


今週のハイライトは琳彪アニキの足技です。
高橋がテコンドー経験者なので、
色々やってみました。
シャッフル(ブルースリーが得意としたステップ。
バーチャファイター4以降でジャッキーがやるやつ)や、
棒高跳び的にライダーキックとは、
アクション監督のマニアぶりがうなります。大好き。
白虎のトドメはダブルアクションにして得意がってたんだけど、
4話の麗羅ビンタがトリプルアクションになってて、
市野さんに先を越されてしかも負けた、と当時思っておりました。

ここのBGMのロックと、チェロがかかるバトル前の曲は、
たしかBPM上げて使ってるはずです。
サントラに収録されてる曲を、
105か110%スピードアップすると本編のテンポになるよ。


さあ、やってまいりました、項羽の死からの、
「大地広しといえども」の台詞。

僕はこの原作の台詞をずっと考えていて、
風魔白羽陣じゃなくて、
項羽白羽陣なんだということに気づきました。
そうか、白羽陣は項羽のオリジナルなんだと。
そのことが、「オリジナル」「にせもの」という今回のドラマに、
根本的に影響しています。
(だから「小龍」白羽陣であり、
12話で完全に羽を継いだ小龍は、
「白羽陣」と、名前を冠していない技を使うのです。
このへん、読解してくれたかなあ)


ちなみに、
偽項羽から白虎への変身は、
ターンのアクション繋ぎですが、
僕は特撮といえばこれだろ、と無意識にやっていて、
ネットで「ゴレンジャー」と指摘されて、
「そうだったわ!」とうなった記憶があります。
ああ、特撮の血は水より濃い。


小龍白羽陣で「永遠の刹那」を流すことは、
二話の小次郎武蔵戦でOPを使ったときに、
決めていたことでした。
(ほんとは二番を使いたかったけど、尺がうまくはまらなかった。
世代の人ならわかると思いますが、宇宙刑事シャリバンのエンディングは、
エピソードによっては2番がかかる時があったんです。
あのサプライズが中一のとき大好きでした)

せつないバラードで、しかも二人が歌う絆の歌。
号泣するしかない選択肢。

この時にキャラソンが間に合ってれば、
「約束の羽」がかかったかもね。
お好きな人は、ドラマをミュートしてかけてみればいいよ!


ハモるとは、なんと美しい行為でしょう。
違う音が出会うことで、
単独で存在するよりも美しく高みに上がることが出来る。
それは男女だろうが、男同士だろうが、女同士だろうがどうでもいい。
同じ人でなく、違う人がここにいる意味がある。
ハモリという行為に、人間の美しさを見ると僕は思います。
(だからカラオケで咄嗟にハモれる人に僕は弱いし、
いい合唱には涙が出て来る)

ここは前半戦で、最も美しいベストバウトになったと思います。
ハイスピード撮影(スローモーション)と羽の舞と、
その日の撮影後半の、日が傾いてきた夕日が当たって、
最高に美しい絵になったかな。


あと白虎、倒れるときに足で芝居しすぎだ。
車田落ちっぽくていいけどさ。


さて、最後につぶやく、小次郎のリアルな一言、
「ほんとうに人が死んでゆくんだ」
これが傑作だと僕は考えています。

壬生の台詞の一番が「オレを人数に入れてないな」だとすると、
小次郎の一番はこれかなあ。
作ってない、何気ない、リアルさがいいと僕は思います。
おちゃらけたコントではじまったはずの物語が、
どんどんシリアスになっていくこの感じ。

×がつく多さに、ちょっと凹みます。


ここで、完全にツカミが終了した感じですかね。
最初の神回でした。
ふつう神回があると、それを超えることは難しいですよね。
でも風魔は一味違う。
これを何回も超えて来るぜ。

ではまた来週。
「霧の中」で苦しむ二人。

ビジュアルでは雷電と闇鬼、
ストーリー上では、もちろん小次郎と霧風。
この二重性が、ドラマ風魔の醍醐味ですな。
posted by おおおかとしひこ at 23:29| Comment(0) | 実写版「風魔の小次郎」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。