霧風回。
「風魔の霧は少し濃い」というのは、
オーディションの時に僕が書き下ろした台詞でした。
ここで使うの忘れてて、
ていうか原作準拠の台詞ばかりをいれることに必死で、
9話で慌てて入れています。
今週も少し濃いぞ。
(濃いのがわかっていたので、書き溜めたものを貼ります)
【#エア再小次】其の六「霧の中」の巻
霧風回。
「風魔の霧は少し濃い」というのは、
オーディションの時に僕が書き下ろした台詞でした。
ここで使うの忘れてて、
ていうか原作準拠の台詞ばかりをいれることに必死で、
9話で慌てて入れています。
今週も少し濃いぞ。
(濃いのがわかっていたので、書き溜めたものを貼ります)
霧風は、おそらく原作人気ナンバーワンのキャラかな。
いや、男子人気は違うか。
女子人気ナンバーワンと言い換えますか。
実写化する上でネックになるのは、
霧風だったといっても過言ではない。
だって霧風みたいな男、現実にいる?
女っぽい男。ただのなよっとしたオカマじゃない男。
愁いを秘めて、たたずまいがミステリアスで、
線が細くて、でも芯はある。
ふわりとした風をまとい、
物腰はやわらかく、
少女より純粋で、少女より残酷。
そんな男、いる?
たとえばジャニーズでそんな男、いる?
たぶんいないよね。
霧風は、だから漫画の中だけの、架空の存在なんだよね。
架空の存在だからこそ、
みんな安心して恋することができたんだよね。
王子さまキャラでもないから、
たとえばフィギュアスケーターが演じたとしても、
霧風じゃないってなるだろうね。
霧風が実在するとしたら。
このキャスティングが、実写にするうえでの、
実は大きな課題でした。
(小次郎のキャスティングのほうが難航したけどね)
ただのイケメンはいくらでもいる。
でも男というのは俺が俺がと前に出たがる。
一歩引いた所でひっそりと咲く花のような男。
男で? ただの陰キャでなく、華もいる。
実際、女性をキャスティングするという案もありました。
しかしそれだと腐向けとしたいスポンサーと衝突する。
(腐向けだから女キャストは不要、
というテニミュの成功を真似しようとしていた)
むずかしいキャラクターです。
結果的に、古川がうまくやってくれた。
バレエダンサーというのも、物腰が似てたのかもしれないね。
でも最初は非難轟轟でしたね。
霧風じゃないって。
そりゃそうだよ。
架空の存在を、実在の男が演じるんだ。
だれがアンドレとオスカルを演じられるというのだ。
結果的に、古川霧風という、
新しいジャンルを作ることで、勝負するしかないわけです。
それくらい霧風は難しい。
麗羅はわりといるんです。可愛いタイプの男は。
霧風に必要なのは、高貴さや孤高さかなあ。
(麻呂の意味の高貴さではない。
洋物のような高貴さかな。
実際、僕は田代を霧風に考えたくらいだけど、
和風だったんだよねえ)
霧風のキャラクターの素になったのは、
間違いなく霧隠才蔵でしょう。
霧に隠れる、という一点だけだろうけど。
それに車田スパイスをふりかけるとできるような気がする。
ミステリアスで、女性的で、闘うと強い。
霧がミステリアスの道具。
霧とはなにか?
これがドラマを構築する第一歩です。
ミステリアスとはなにか。
正体が見えないこと。
実体が見えないこと。
それは、隠しているのだ。
なぜ?どうして?
強くならなければいけないから。
これが僕の用意した、霧風のドラマです。
霧風は深い傷を心に負っています。
その詳細は決めていません。
「竜魔の右目を失うことに関係した」
と設定したのはシリーズ構成の伊藤氏。
僕はそこもぼかすべきだと考えています。
そこに至るドラマがあるように見せかける。
そうやってぼかすことによってミステリアスさを増す仕掛けです。
どこに住んでるのか、ほんとうは何を考えているのか、
そういうことをぼかすことで、興味を湧かせるのですな。
女性の皆さん、使えるテクニックですぞ。
傷を隠している男。
だから目を合わせることも苦手。
本音をさらけ出すことも苦手。
みんなが笑って肩を叩いているときも、
少し離れてみてないふりをしながら、でも参加している感じ。
その距離感が霧風の距離。
役割を演じるときだけはまっすぐになれます。
竜魔の代わりとして忍びとは何かを語ること。
忍びの技を使い敵を倒すこと。
でも霧風の一番苦手なことは、
自分の言葉で語り、
ぶっちゃけて笑うことではないでしょうか。
太陽のような小次郎に対して、
霧風は内心うらやましいのかも知れません。
だから心配なのでしょう。
いつか自分のように、心を閉ざして、
誰にも関われないほど傷つくことがあるかもしれないと。
自由は子供の無法のことではない。
小次郎はまだそれに気づいていない。
もう少し大人になれば、
子供みたいな自由さが人を救うことがあると理解できる。
でも霧風もまだ高校生(?)。
自分とは何か、相手との距離感の取り方で、
なやむ若者なのです。
霧は全てを隠すのだ。時に真実すらも。
これが今回のテーマです。
墓をつくるのは、最初から考えていました。
え? 原作ではその後みんなの墓標が出て来るって?
あれは、小次郎が作ったんですよ。
続編があるなら、
小次郎が項羽や琳彪の墓を里に作るシーンを撮りたいなあ。
風魔はなぜ風と言われるのか。
そこから考えた発想です。
風魔は「風の噂」の中にいる。
歴史的に風魔忍者の得意技は、火つけと流言でした。
火つけも、流言と同じ考え方ですよね。
相手方を混乱させるのが目的。
今でいうならネットの炎上部隊ですかね。
嘘の情報は相手を混乱させる。
風の噂こそ風魔の正体。
そういう考え方で、
「風魔は皆の話す話の中にいる」という風習を創作しました。
里に帰ると語り部みたいなばあちゃんがいて、
初代から今までの話を聞けるイメージ。
原始的な神話の口伝方式ですね。
子供のころから聞いてるからみんな暗唱できる、
という裏設定があります。
風魔は死んでもその暗唱の中に入るだけだと。
「風葬」という名前もつけてありますが、このへんは使っていない設定。
でも面白いので、
いつか風魔の里を舞台にしたときに、つかいたいと考えています。
霧風は、だから竜魔の兄者の代弁者。
小次郎は、それでいいのか、とはじめて疑問を抱いた。
おそらく目の前で仲間が死んだのは初めてでしょう。
今まで里にいて、先輩が死んだとしても、
風の中に入ると信じていただけが、
それはほんとうだろうかと疑問を感じた。
洗脳が解けるというか、
相対的に考えられるというか。
アイデンティティーの確立とは、
俺が誰かを自分で説明できるようになること。
それには他を知らないと、相対的な位置がわからない。
自分探しは、
だから他の価値観に触れて、
今まで絶対と思ってきた洗脳を相対的に理解することです。
そのうえで外の世界に脱出してもいいし、
内側にもどって来てもいい。
内側を外の考えで、より発展させてもいい。
伝統の保守と革新を、自分の責任でやる。
小次郎は、まさにその入り口にいるわけです。
たかがアイスの棒的な、
石ころを積んだ子供じみた墓でも、
それはその大きなことの象徴になるわけです。
仕事とは何か。
僕の仕事観が出てますね。
誰にも知られず、よく縁の下で辛い目にあっています。笑
それでも遂行していくのが仕事でしょうかね。
結局正しい評価なんて永遠にされない。
縁の下の仲間たちだけがそれを知っていると僕は思います。
だから同僚が辞めるのは、ほんとはすごく寂しい。
小次郎は激しく問う。
琳彪の死の意味は。項羽の死の意味は。
死の意味は生の意味を考えること。
なにをしたのかで考えること。
成功しなくてもいい。
なにを理想として、どこまで近づけたのか知ること。
それが生の意味だと僕は思います。
琳彪はわずかな出番で仕事をした。
風林火山を結果的に奪われずに済んだわけで。
項羽は小次郎に影響を残した。
世界には悪意があるぞという。(そこまで描かれてないけど)
小龍には、オリジナルとは何かと残した。
感情を爆発させる小次郎。
理性で制御しようとする霧風。
大人としての我々は、
どちらも間違っていることは分ります。
でもそれが人間だということも、分かると思います。
五里霧中、それが人生。
プリンスオブ縁側・霧風は、以後何回か出てきますね。
食卓コントじゃ市野さんに勝てないので、
僕は以後縁側談義をよく使っています。
対面で語る食卓に対して、
縁側では横に座ることができます。
意外な本音が出やすい角度ですな。
バーで女を口説くときに横に座るのと同様、
ふとした本音が、正面に座るより出るんですよね。
小次郎は飯を食わずに随分痩せた。
なぜそれが霧風に分るかというと、
彼も飯を食わずに随分痩せたから。
僕はそう考えています。
で、小次郎ははっちゃける以外に生き方を知らない。
「前からおかしな男ですが」
とボケ倒す蘭子さんに対して、
姫はなかなかの洞察力。
いつもと違って気になる、というのは恋のはじまりかもね。
ちなみに、竹刀でハナをぶったたくのは、
実は小次郎の右手(二の腕)に当てています。
顔より前に出していればそこに当たる。
前からカメラで見ると、高ささえあっていれば鼻に当てたように見えるのだ。
こういうアナログ特撮、ぼく大好き。
脇毛を隠すポーズのギャグは、二の腕を出すための前ふりなのです。
なんと巧妙なテクニック。
シンクロというのは、かなり初期から決まっていました。
水物がひとつ欲しいというビジュアル上の要求と、
プールの底で戦うという発想の面白さを追求したかったのがあります。
水物だから、霧風回に必然的になる。
前も書いたかもしれないけど、
レガッタ部のボートの下とか、
背泳ぎの後ろから首を絞めるとかのアイデアが出たはず。
この時点で、姫子が背泳ぎする、というアイデアも出た。
しまった、姫子さまの水着回のチャンスを逃してしまった……
でもシンクロのほうが面白いよね? でも現役JKの水着……
ほんとうは、シンクロの専用プールで撮影したかったのです。
深いプールでカメラが真下から撮りたかった。
そうすると水中カメラを抱えたダイバーが撮影することになる。
水中撮影は危険で、しかも体力勝負で時間がかかる。
ふつうの撮影の5倍も10倍も時間がかかる。
これは深夜ドラマ。そんなに予算はない。
で、シンクロは普通の足がつくプールでもやることがあると聞いて、
それに乗っかることになります。
足のつくプールで、しかも棒でカメラ(CCD)を突っ込めば、
役者の位置関係は立って決めれるし、
カメラオペレーションは地上からできる。
スタッフのすばらしいアイデアで、
安い絵ですが、面白い絵を作ることに成功。
シンクロの下で戦った実写映像は、
大地広しといえども、あとにも先にも風魔だけでしょう。
オリジナルとはこういうことさ。
小次絵ちゃんの再出番は最高でした。
しかもメイクすると意外にいけるぞ、となってたね。
水中映像とシンクロチームの演技を撮るので精一杯だったけど、
小次絵ちゃんのシンクロシーンも撮りたかったなあ。
(ちなみに兜丸劇場の「僕は柱」の柱は、
ここのプールの廊下のものです。聖地めぐりにどうぞ)
あとは原作の名シーンの再現に力を入れた感じですかね。
岩場で戦うのが原作風小次だけど、
ずっと岩場だけになっちゃう。
続編は岩場ロケだけになるのを避けたいところですなあ。
忍びだから街では学ランで紛れるんだろうけど、
岩場で学ランで木刀で戦うのは、なぜなんだろうか?
それが車田ロマン……?
雷電の鎖はなかなかいいですよね。
感電しない用の黒い手袋もカッコイイ。
カツオのキャラと相まって、
なかなか面白いキャラメイクができたと思います。
霧風が木刀から霧を発生させる原作の絵が、
僕は大層好きです。
なんとかして美しい絵にしたかった。
でも全然うまくいかなくて、気づくのです。
原作の絵は縦長の絵。ドラマは横長の4:3。
木刀から霧が発生する絵は、縦長のほうがカッコいいんだよね。
テレビのフレームがこんなに憎いと思ったことはない。
絵画のようにフレームを自在に決められる漫画を、
このときほどうらやましいと思ったことはない。
もちろん映像には映像の良さがあるから、
これだけで負けと思う訳でもないけど。
映像の良さのひとつは、モンタージュです。
つまりカットを重ねてテンポを作っていけること。
しかしこの霧のCG使いすぎたせいで、
一気にCG費が底をつきます。
十話でほとんどCGが出ないのは、それの調整用もあったり。
九話もだいぶCG使ってないなあ。
市野さんのCG費から借りるわけにいかないので、
その後苦労した覚えがあります。
でも風魔霧幻陣は、ひたすらアナログ合成。
カメラを動かさずにおいといて、
霧風に一周させて、
画面を分割して合成するという、
「面割」と呼ばれる一番安い手法です。
なんなら安い編集機でもできちゃうよ。
他に複数いる霧風も、
カメラを動かさずに、
何度も撮って、マスクを四角く切るだけ。簡単簡単。
闇鬼は原作どおりですかね。
雷電が面白すぎて、闇鬼は引き算をしておきました。
結果的にナイスコンビになったかなと。
紫炎と同じく立ち芝居ばかりなので、
遠藤は声で選んだふしもあります。
セクシーボイスという感想がよくあるので、狙いどおりかと。
さあ崖!
昔からやりたかったんですよ、人形を崖から落とす奴!
で、そのまま落ちて死ぬ、という渾身のギャグもやりたかった。
雷電はそれにふさわしい死に方でしたね。
深夜ならではの尖ったギャグでした。
そうそう、カメラを上下逆様にして撮る、
なんて円谷特撮ばりの雷電の「うそおおおおお」でした。
このカットだけ逆様に見てみよう! バレバレだよ!
雷電の裾は助監督の本田さんがひらひらさせているぞ!
(メイキングに一瞬写っていたような)
闇鬼を貫いた木刀は、半分に切って中の服に切れ目を入れて、
出しています。残りの半分の木刀を霧風が持っている、
という、ほんとにアナログな撮り方をしています。
だから呼吸を合わせないと、木刀が曲がって見えちゃう。
血糊が乾かないうちに本番やらないといけないから、
意外に難しいカットでした。
闇鬼を音で騙す、というのは、結局音効でやっちゃいました。
当初は、あたりに生えている木を木刀で叩き、
素早いステップであらゆる木が鳴るようにして幻惑する、
という忍びらしいバトルを用意していました。
しかしシンクロの撮影が大変なので、そこまで出来なかった。
予算がないということは、スケジュールがないことと同義でもあります。
崖下で、無理やり武蔵と壬生の出番を作りました。
おれ、五話で夜叉サイド出すの忘れててさ。
それくらい、羽兄弟のドラマでいっぱいいっぱいだった。
武蔵に策はあったのか。
一人で生きてきた武蔵に、チーム戦は無理だったのではないか。
そういうことを陽炎に言わせるべきだったですね。
武蔵なりの作戦はあったかもしれないけど、
いうこと聞かないやつばかりだった、ということで、
夜叉のことを描くということもできたのになあ。
(12話で「武蔵のむは無策のむ」とネットで言われてて大笑いしてしまった。宇宙のウかよ。
これ陽炎に言ってほしい)
あと絵里奈。
この笑顔をつくる動作は、脚本家のアイデアです。
妹とおにいちゃんの関係は、
男兄弟で育ったおれにはなかなか難しくてね。
女の子のこういう女の子っぽいのは、苦手な発想の部分ですな。
ラストシーンに再利用したのは僕ですが。
ラストシーンが、霧風の本質そのものです。
霧風も悩んでいる。
小次郎も悩んでいる。
自分は何者か、自分はどう生きるべきか、
それが青春だと思います。
ということで、うまいこと次回につながったよ。
次回、柔道一直線、青春一直線だ!
市野演出最高傑作、劉鵬回だぜ!
あ、一つ書き忘れ。
鳩の話。
白虎は、原作では大砲のような狼煙を上げるけど、
それは原作では使われていないんだよね。
(狼煙が上がったのを目撃した雷電闇鬼を霧風が殺して、
情報が漏れるのを防いだと思いきや、
崖から飛び降りた陽炎妖水は見ていたはずだからねえ)
ということで、鳩は原作の狼煙の代わりです。
狼煙にしなかったのはちょっと時間差をつける為。
「なぜ狼煙を上げたのに、総攻撃をかけなかったのか」
という原作への疑問に答える為、修正してみた感じです。
もちろん忍び文字は昔忍者事典でみたやつね。
でもこの忍び文字は伊賀流なんだよね。
厳密には風魔が伊賀の文字を使うとは思えないんだけど、
いちおう原作準拠ということで。
原作は第一話で「ふうま」とダイイングメッセージを残している。
アニメ版は麗羅の靴に「ミズノ」と忍び文字で書いてある、
というのはこのドラマを見ようとする人には基礎トリビアだよね!
そうそう、
外では雨が降っていて、それが夜叉姫の貌に陰影をつける、というライティングに挑戦したんだけど、なかなかうまくいかなくて。
今思えば、透明な水をガラスに流すんじゃなくて、
薄墨くらいを流せば、ちょうどいい陰影になったかもしれない。
(黒澤は七人の侍で雨を黒っぽく撮る為、墨汁を混ぜた)
ではまた来週。
2017年11月08日
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