2017年11月11日

カッコイイという価値観

今YouTubeで昔のヒーローもの(アニメ特撮問わず)
を作業BGMにするのにはまっていて、
作業しながら拳を突き上げながらやっている。

70年代から90年代に移るに連れ、
明らかに「カッコイイ」の定義が変遷しているのが、
ありありと分かる。


70年代のカッコイイは、
ささきいさおのかっこよさだ。

男っぽく骨っぽく大人っぽい。
70年代のヒーローソングは軍歌に近かった。
楽器はラッパとティンパニーだ。

一言で言うと、「責任を負い、遂行するかっこよさ」だ。
その中でロマンや理想の炎を燃やす感じ。
熱い。
三船敏朗みたいなかっこよさ。
泥臭いけれど根性論があった。


80年代のカッコイイは、スペーシーだ。
楽器はシンセ。ロックと組み合わせる。

軽薄短小の時代だから、
「思い悩むのはカッコ悪い。
ネアカにいこうぜ」というかっこよさだった。
実より虚をとっていた。


これが90年代になると、
実なんかどうでもいい、
ポーズだけのかっこよさに変質していく。
たとえばFFがホストみたいになっていった感じ。
ダークなかっこよさも増えていく。
80年代のネアカの反動かもな。
ストイックとかクールとかの、
本音を外に出さないかっこよさがある。
楽器は打ち込み。ユーロビートだね。


一気に30年くらい見ると、地層がある。

今、カッコイイはなんだろう。

カワイイ、美しい男は増えた。
70年代のカッコイイが、僕は足りないと思う。
女がイケメンばかり追いかけているからだ。

本当の男の価値とは何か。
僕は車田イズムを叩き込まれたので、
やはり70年代から引き続く、硬派がカッコイイと感じてしまう。

21世紀のカッコイイはなんだろう。
ガワでないことを希望するけれど。
posted by おおおかとしひこ at 22:10| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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