2017年11月14日

映画の歴史1:見世物の時代

映画はどうやって作られるのだろう。
先人たちはどういう失敗をし、
どう改良してここまで来たのだろう。
100年を越える歴史を振り替えることで、
「初歩的ミスは淘汰された」
ということを知ることが出来るのではないか?

そう思って、独断と偏見で映画の歴史を纏めてみることにする。

第一回は、見世物とその脱却だ。


最初の映画は何だったか。
ルミエール兄弟の、
「列車の到着」である。

モノクロフィルム上映、サイレント、1分。

駅にカメラがフィックスで、列車がカメラに向かってやってきて停車する。
たったそれだけ。

これを巨大スクリーン(実物大?)で映写する。
これまで映画なるものを見たことがない人は、
(演劇または写真は見たことはあるだろう)
本物の列車が来ると勘違いし、席を立って逃げたと言う。

それほど、「連続写真を巨大スクリーンに上映」
というのは、リアルな体験であった。
音もないし色もないし、3Dでもないのにだ。

つまり、最初の映画は、
ストーリーではなく見世物であった。
「まるで本物の列車が目の前にやって来るような体験」
であったのだ。

それから、色々な体験的見世物が作られたことだろう。
列車にカメラを乗せた主観映像や、
気球にカメラを乗せた空撮や、
珍しい風景を納めたものや、
ポルノもあっただろうね。

さて。

映画はその見世物映像で終わっていたかも知れない。
見世物映像のジャンルは、
今で言うと、YouTube、
万博などの映像(大型映像などと言われる。
昔70ミリ、今なら4K8Kや360度映像などか)、
3DやVRAR、ちょっと前ならプロジェクションマッピングか。

見世物映像は、一回見たら終わりだ。
AVを二回見る人はいない。
遊園地のアトラクションは、一度乗ったらおしまい。
遊園地は、アトラクションを作り続けない限り潰れる。

ところが、ある人が、
「演劇をそのまま映す」ということを始めたんだな。
当時のストーリーものは、小説か演劇しかなかった。
じゃあ演劇を収録したら、
何回でも同じ興行ができるやんけ、
と考えたのかも知れないし、
物珍しかったのかも知れない。

見世物映像が、ストーリーものになった瞬間だ。

しかしサイレントでは台詞がない。
パントマイムしか上映できなかった。
そこで演劇同様、生バンドが音楽を奏でた。

映画の歴史にとって、
劇伴(劇につける伴奏。作曲理論的組み立てよりも、
劇の感情曲線に合うことを優先させる)は、
なんと台詞より古いんだね。

弁士がいて説明したりアテレコしてくれるものもあった。
(僕は20年前一度だけ生弁士の映画を観たことがある)

そのうち、台詞は文字で出るようになる。
文字を書いた紙を撮影し、編集すればいいからだ。
しかし長い台詞は無理だから、
短く気の効いた台詞は台詞(文字)で、
あとは音楽とパントマイムで、
という、現在の映画的芝居の基礎が出来上がった。

そもそも映画に台詞はなかった。
音楽による感情ラインと、身体的行動で、
何が起こっているかを「見せ」て、
グッと来る言葉だけ限定して、台詞に仕立てあげるのだ。

生バンドでなく、
映画にサウンドトラック(フィルムの横にレコード同様溝を印刷、
それを読み取り音楽を再生)が追加されても、
映画の基本はこうだった。

つまり、
演劇的ストーリーがあること。
音楽と身体的行動で、今何が起こっているかを示すこと。
全身で喜び、全身で悲しみ、全身で怒り、
そして、ごく短い台詞で勝負をかけること。


ここに至るまでの、先人の失敗は以下のようなものだ。

ストーリーのない見世物映像は、すぐ飽きる。繰り返し楽しむレベルではない。
音楽がないと感情豊かに表現するのは難しい。
ただ立っているだけ、ただ座っているだけは芝居ではない。
長くくどくどした台詞はダメ。
勝負どころでないところに、台詞を持ってくるのもダメ。


まだカラーにもなっていない、
50年代とか60年代には、
もうこのような映画の基礎は出来上がっていた。

先人たちの失敗をまだ学んでいない、
バカなプロデューサー、監督、脚本家は、
上のような失敗をまだ続けている。

ウリやガワの見世物映像ばかり気にして、
肝心のストーリーがない。

劇伴の軽視。
(たとえば全然あってない主題歌タイアップで、予算を稼ぐコスイ真似。
あるいは音楽予算を下げまくり、打ち込み音楽をはめるだけ。
昨今に至ってはフリー音源を使いかねない勢い。
昔は、フルオーケストラが、上映フィルムを見ながら演奏し、録音したものを)

棒立ち芝居。
あるいは、棒立ち芝居しか出来ない棒芸能人を、
人気があるからという理由で起用すること。

台詞で全部説明する愚。
肝心の勝負台詞がダサい。
台詞で言うべきところと、言わなくていいところの線引きが出来ない。



カラー映画登場前に試行錯誤されて、
失敗を乗り越えてきた先人たちの教訓を、
現代の馬鹿は無知である。


さて。

次はカラー映画?トーキー?
いや。
昔の演劇映画は、ワンカットのフィックス、
引きの全景カメラしかなかった。

ここでカットを割った人たちがいる。

映画の父、グリフィスのモンタージュ編に続く。
posted by おおおかとしひこ at 13:08| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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