2017年12月05日

【カタナ式】動けば電光石火

スマホの配列がやりにくくなったので、欲求不満がたまり、
ちょっとパソコンで書いてみる。(笑)

剣の達人は、動けばそれは全て剣となるという。



文の入力もそれになるべきだと思う。
思えば文。

手やキーボードが邪魔しない。
そういう状態が理想だ。

文字入力を学び始めた人は、
そこに辿りつく為に、予想以上に大きな代償を払いすぎている気がする。
言うまでもなくqwertyローマ字の不合理さと、
JISカナ入力の不合理さだ。

どうやったって、このふたつの方式で、
「思えば文」なんて状態になれるのは、ごくわずかの人だけだと思う。


最強の武道は何か?という問いがよくある。
千人に一人だけ最強になれるが、あとは脱落する武道と、
ほぼ全員がそこそこ強くなるが、最強の才能には負けてしまう武道。
僕は後者のほうが優秀なメソッドだと考えている。
層の厚いのが正義だ。

作家としての才能とは関係ない、
たかがタイピングで、
脱落者を増やすわけにはいかないと考えている。

それにはqwertyはハードルが高すぎだ。
勿論タイパーみたいな才能のある人はいるけれど、
それは作家の才能とは関係がないと思う。
作家は文を練るべきで、
タイピングを練るべきではない。

勿論、書道の上手い人は文章も上手いかもしれない。
しかし書道が上手いからといって文章が上手いとは限らない。
作家は、文章が上手くなるべきだ。


そのためには、qwertyは枷でしかない。
僕はそう思って、
その枷をぶちこわした。
おかげで、これだけブログを書いている。
ついでに小説もね。


僕は、失語症みたいなものだった。
自由に言葉を発したい、
ただそれだけだったのだ。
だからデジタルは嫌いで、
でもカタナ式があればデジタルは恐くなくなってきた。
勿論まだ手書きのほうが優秀だとは思っているが、
現状、フリックよりも下駄配列よりもqwert配列よりも、
自分の「動けば文」が出やすいメソッドだと考えている。

全員が使えることが僕の夢だけど、
強要はしない。
それこそ自由を奪い、言葉を剥奪する行為であるからだ。


カタナ式は、
すべての日本語の入力方式の中で、
もっともシンプルで、
もっとも省エネだと思う。
それはいずれ証明していきたい。


動けば剣。剣の達人はそうだ。
動けば文。
思えば文。
あとは何を斬るか。
斬って何をどうするかを、考えるだけである。
考えて、次に手を動かしていては遅い。
考えたら、気が付いていたら出来ていた、が理想だ。

そのカタナが、あなたの懐にあらんことを。
posted by おおおかとしひこ at 14:57| Comment(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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