ブラインドタッチを覚えるのに、
「最初に配列表を暗記する」のは間違いである。
何か新しい配列をマスターしようとして、
「まず頭の中で配列を思い出せるようにして、
そのキーを指で押す」と考えてしまうと、
まず暗記が必要だと考えてしまう。
実は暗記は最後でいい。
なぜなら、
ブラインドタッチとは、「頭で思い出す行為」ではなく、
「指が勝手に押す行為」だからである。
見て覚えるのではなく、押して覚える。
ブラインドは、暗記の前から始まっている。
だから、「見て覚える」ことが、
まず間違っている。
正解は、
一つずつ押して覚える。
「一つずつ」の順番は、
人によるけど、
右手ホーム、左手ホーム、
右手上段、左手上段、
右手下段、左手下段、
人差し指伸ばし位置、
次にシフトで同じく、
かな。
ホームのシフト、
みたいに各段階にシフトを覚える段階を作ってもいい。
1シフトなら都合2周、2シフトなら都合3周する。
最初は「手探り」である。
「押すこと」と「出た文字」を、
指の運動で記憶する。
ピアノもそうやって覚えるのかは知らないが、
規則的なピアノの音階に比べて、
不規則な配列というのは、
そうやって覚えるしかない。
そのかわり、
単なる苦行にならないためには、
「覚えたキーだけで言葉をつくる」
がおすすめである。
右手ホームだけだと4音しかないが、
左手ホームを加えた8音あれば、
幼稚園児並みの言葉は作れるだろう。
「音を増やしていくことで言葉を増やしていく」
という方法論が、つまりは有効だ。
配列表の暗記は必要ない。
むしろ中間暗記を作り、邪魔だということがわかる。
記憶→指→打鍵だと遅い。
指→打鍵でないと、
実用的な打鍵、秒数打は無理だ。
指→打鍵のシステムを作るのに、
むしろ記憶を呼び出してから指を動かすのは、
邪魔なのだ。
走る時に、「ようし右足を動かしてから左足を動かすぞ」
と、頭→体のシステムでやってみたまえ。
とてもぎこちなくなることが分かる。
つまり、「記憶を呼び出してから体を操作する」
のはとてつもなく遅い。
人の名前を思い出す程度の時間がかかる。
それは秒何回のペースではない。
記憶とその呼び出しのシステムが、
神経回路レベルで違うことはご存じであろうか。
頭から呼び出すものは大脳新皮質から運動回路を伝わる。
指だけでいくものは、小脳と間脳を使うそうな
(運動神経で記憶するという説もある。
脳に信号が行くのは運動神経で先に処理し終わったあとのこともある。
いわゆる「体が先に動く」という現象)。
専門用語で、
前者を宣言記憶、後者を手続き記憶という。
記憶と出力のシステムが違うのだ。
前者は丸暗記、後者は自転車に乗る技能、
とたとえられることが多い。
九九はどちらだろうか?
丸暗記した記憶があるから宣言記憶かな。
たとえば2×3と3×2は同じだから覚えなくていい、
と、記憶負担を半分に出来たのは、
宣言記憶ならではのやり方だ。
しかし、実際の運用においては、
九九は手続き記憶だ。
なぜなら、高速の計算をするときに、
「3×2は2×3と同じだから、にさんが6だな」
とやっていては間に合わないからである。
「さんにがろく」の呪文が出て来る間もなく、
6が出てこないと、算数の成績は散々になる。
九九はつまり、一桁の掛け算を、
手続き記憶にする訓練なのである。
九九の表を丸暗記すれば使えると思っているのは、
これを知らない人か、算数が出来なかった人だ。
逆にいうと、算数とは手続き記憶で解くものだ、
といっていいだろう。
(高度な数学になると宣言記憶で解きます。
形式の変換という抽象になるので)
手続き記憶、運動神経に覚えさせるのに、
最も有効なのは、筋トレと同じで、
反復である。
運動神経には閾値というものがあり、
「ある一定回数負荷がかかってはじめて組成を変える」
という性質がある。
その閾値より下回る回数では、
運動神経は変化せず、運動記憶は蓄積しない。
これは恒常性の維持に寄与している。
常に体を同じ動きにする仕組みだ。
いつも同じ環境で無意識に同じ動作が出来るメリットがある。
逆にこの運動神経に、環境変動が起こった、
と擬似的に認識させて、身体を変えて行くのが、
筋トレやフォーム矯正などだ。
つまり体育会系の根性論は、
手続き記憶の恒常性変更の経験則なのである。
ダイエットや生活習慣病も、
閾値を超える回数なにかをしないと、
身体組成が変わることはない。
九九を何回もやるのは、
暗記(宣言記憶)の為ではなく、
運動(手続き記憶)の為である。
僕は中学生くらいまでは写真記憶がわりと出来て、
覚えること自体は出来るのだが、
手が動くまで時間がかかっていた。
宣言記憶と手続き記憶は違うと知っていれば、
もう少し効率的に出来たと思う。
で、配列のブラインドタッチだ。
ここまでの話を理解すれば、
「最初に配列表を丸暗記して、
それを頼りに指を動かして行く」は、
まるで二度手間だということが理解出来るだろう。
先に指に覚えさせるのだ。
何回も運動して。
上にあげた覚える順は、
よく使う順なのでそうしたまでだ。
(逆にあんまり使わないところは覚えにくい)
ある程度指が動くようになってから、
ようやく配列表を丸暗記するくらいでいい。
薙刀式だと、
「『は』と『け』が隣り合ってる」
なんてのは、配列表を見てはじめて知ることだ。
(こないだ初めて「ハゲ」を打ってアルペジオと気づいた)
森田博士のM式論文で、記憶負担の式が出て来るが、
あの式は間違っている。
あの式は宣言記憶に関する式で、
丸暗記の効率にしか関係しない。
宣言記憶は規則を用いて記憶負担を減らすことが出来、
森田博士はそれを記憶負担の式の前提としている。
そこが間違いだ。
タイピングは手続き記憶なので、
九九と同様、規則性で負担を減らせない。
右足を出すのは左足を出すのと対称だから練習不要、
という理屈になってしまう。
手続き記憶の記憶負担は、規則性ではカット出来ない。
一つ一つを閾値を超えるまで練習して身につけるしかない。
森田博士は、設計はしたものの、
自分でブラインドタッチをマスターしてないと、
僕は推理している。
配列表の大体を理解するのは、
闇雲に知らないキーを打つのは不安だから、
多少はやっておいたほうがいい。
でも、「暗記するまで打たない」は、
やめといたほうがいい。
ネットで親指シフトのマスター記なんか見ていると、
「最初に3日かけて配列表を暗記して…」
なんてしてる人がいるけど、
それは間違っているし、
むしろ妨げになる、
ということを教えてあげたい。
頭の中で記憶しても、なかなか指は動かない。
で、「〇〇配列は難しいな」という感想を持って、
挫折してしまうことが多いんじゃないかな。
僕は飛鳥配列という配列表では複雑なやつを指で記憶して、
一週間くらいで指が動くようになった。
指は動くけど、配列表を書けと言われたら、
ぱっと頭に出ない感じ。
それがブラインドタッチということだ。
自転車の乗り方を説明してくれといわれて、
言葉の説明ではまだるっこくなる感じに、
とても似ている。
で。
指の運動としては、
qwerty配列によるローマ字は劣悪だと僕は考えていて、
こんなものブラインドタッチで打つ価値はないと考えている。
もっと洗練された、よい配列は沢山ある。
ローマ字ならカタナ式、カナなら薙刀式を、
僕は作者だから勧めるけど、
他にも10や20あるので、
各自検索されたい。
(それらを総覧するまとめを今作っている)
ブラインドタッチのマスター法が、
qwerty配列だから難しく感じるだけで、
まともな配列ならもっと簡単だよ。
頭で考えるな。感じるんだ。
考えていては遅くて、体の反応で対処せよという、
ブルースリーの教えは、
体の運動であるブラインドタッチにも通用する。
ちなみにブルースリーはダンスの達人でもあったらしい。
身体を使うことに長けた人だったんだね。
頭を使うのは、書く内容を考えることだけ。
指は無意識に動く。
その無意識の運動を、反復だけでやるのがよい。
2018年02月05日
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