2018年02月13日

経験しないと言えないこと

ああなるほど、やっぱ経験してるということが違うなあ、
ということがよくある。

そういうことを、そもそも提供しなければならない。


たとえばイチローは、
そういうことを言語化するのがうまい。
自分にしか見えていない風景を、自分の言葉で、
じつに豊かに表現している。
なるほどこういう世界があるのか、
と僕らは感心するほかない。

自分では経験できない野球の高みの世界を、
そうやって想像するのは楽しい。
しらない世界を想像するのは、それだけで娯楽である。


で。
そういうことを、
疑似体験させるのがストーリーというものだ。
さらにいうと、
そのストーリーを体験したすべての人が、
経験者としてなんらかの言葉を言えるようになること。
それが体験というものである。

もしイチローの映画が作られるならば、
よく出来た映画ならば、
イチローが言うような言葉を、
私たちが言ってしまうように、
つくられていなければならない。

なるほど経験者は違うわ、
と、それを経験していない人が感心するように、
体験させないと意味がないということだ。


じゃあ、どうやって作るのか。
取材しかないと思うよ。

勿論想像や妄想は沢山したほうがいい。
この世にないものを想像することが、
創造ということだ。

しかしそれが「経験」と「そこから導かれる言葉」
がペアであるようにすると、実在感が出て来る。
ただの妄想じゃなくて、ほんとにあることなんだなあと。
実はほんとにあることじゃなくてもいい。
ほんとにあるっぽかったらなんでもいい。

ということは、ほんとと、ほんとにあるっぽい感じとが、
区別がつかないようになっているのがベストだということ。
その為に、リアルを取材するのだ。

リアルと区別できないくらいの嘘。
そういう事を知るために、
経験者の言葉を知り、
いったいその世界がどうなっているのか、
人間はここまでいけるのか、
なんてことをしっていくといい。


また下ネタに走るが、
セックスをしたことない人に、
経験者ならではの話をすることを考えよう。
どうすれば伝わるだろうか。

問題は、宇宙人との会話とかじゃなくて、
他に経験した人が一杯いるということ。
ということは、嘘はすぐばれるということ。

ばれず、かつリアリティがあり、
しかも未経験者が想像を膨らませるようになっているもの。

あなたはそういうことをつくり、
かつ台詞に書かなくてはならない。
posted by おおおかとしひこ at 18:36| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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