2018年02月15日

ディベートの練習

複数の登場人物を創造しよう。
彼らの間で、疑似喧嘩をさせてみよう。


議題はなんでもよい。
簡単なやつは、「昼飯何が食いたいか」だろうか。
「次どこへいくか」はもう少し難しい。
「引っ越すならどこか」は利害関係も出てくるからさらに。
「選挙は何党が勝つべきか」は、
世の中の政治的な見方があるかどうかをあぶり出す。
「人工知能が発達するとどうなるか」
なんてホットな、答えのないものでもよい。
(大体こういうのは、無意識の希望が出たりする)

誰かがこれを問い、
誰かに答えさせ、
誰かに反対させよう。
台詞劇として構築してみたまえ。

ディベートなので疑似喧嘩だ。
しかし感情をあらわにしてもよい。
理知的に相手の論を崩してもよい。
色々なキャラクターの戦略をかき分けられればベストだ。
(勿論毎回同じ戦略で来るわけではなく、
戦略の使い分けというさらなる上位の考えも人間にはあるものだ)

天使と悪魔のエクササイズでは、
同じ人格の喧嘩であったが、
今回はさらに複雑な、
複数の「違う」人格による喧嘩である。

人格が違うということは、
性格が異なるだけでなく、
体験に基づいた考え方や哲学の違いでもあり、
そこから来る判断の違いでもある。
あるいは、過去や現在から来る、
未来への希望(あるいは否定)とも関係している。

これらが、会話劇を通して、
どう違うかがあぶり出されるのがベストだ。


昼飯なに食いにいく?
まずはそこから練習してみよう。

エチュードを複数人格でやることに似ている。
完全に多重人格者のそれになるだろう。
重要なことは、
観客目線の人が一人いることだろうね。
この人が議論の行方を見守り、
冷静にどっちが勝ちかを判断するだろう。
(逆にそういう人格がないと、
話はどこかに行ってしまうに違いない)


複数の人格が、
それぞれの都合で何かを言うこと。
それは、ほとんどストーリーにおける中心ごと、
コンフリクトであるということだ。

で、どっちかの主張がどっちかをねじ伏せ、
自分の希望を通すのだ。

○とりあえず、昼飯は鳥が食いてえな。
●嫌だよ鳥は。
○なんで?

以下、適当に続けてみたまえ。
ゴールは二人(以上)でいく、飯屋を決定することだ。
posted by おおおかとしひこ at 14:08| Comment(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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