複数の登場人物を創造しよう。
彼らの間で、疑似喧嘩をさせてみよう。
議題はなんでもよい。
簡単なやつは、「昼飯何が食いたいか」だろうか。
「次どこへいくか」はもう少し難しい。
「引っ越すならどこか」は利害関係も出てくるからさらに。
「選挙は何党が勝つべきか」は、
世の中の政治的な見方があるかどうかをあぶり出す。
「人工知能が発達するとどうなるか」
なんてホットな、答えのないものでもよい。
(大体こういうのは、無意識の希望が出たりする)
誰かがこれを問い、
誰かに答えさせ、
誰かに反対させよう。
台詞劇として構築してみたまえ。
ディベートなので疑似喧嘩だ。
しかし感情をあらわにしてもよい。
理知的に相手の論を崩してもよい。
色々なキャラクターの戦略をかき分けられればベストだ。
(勿論毎回同じ戦略で来るわけではなく、
戦略の使い分けというさらなる上位の考えも人間にはあるものだ)
天使と悪魔のエクササイズでは、
同じ人格の喧嘩であったが、
今回はさらに複雑な、
複数の「違う」人格による喧嘩である。
人格が違うということは、
性格が異なるだけでなく、
体験に基づいた考え方や哲学の違いでもあり、
そこから来る判断の違いでもある。
あるいは、過去や現在から来る、
未来への希望(あるいは否定)とも関係している。
これらが、会話劇を通して、
どう違うかがあぶり出されるのがベストだ。
昼飯なに食いにいく?
まずはそこから練習してみよう。
エチュードを複数人格でやることに似ている。
完全に多重人格者のそれになるだろう。
重要なことは、
観客目線の人が一人いることだろうね。
この人が議論の行方を見守り、
冷静にどっちが勝ちかを判断するだろう。
(逆にそういう人格がないと、
話はどこかに行ってしまうに違いない)
複数の人格が、
それぞれの都合で何かを言うこと。
それは、ほとんどストーリーにおける中心ごと、
コンフリクトであるということだ。
で、どっちかの主張がどっちかをねじ伏せ、
自分の希望を通すのだ。
○とりあえず、昼飯は鳥が食いてえな。
●嫌だよ鳥は。
○なんで?
…
以下、適当に続けてみたまえ。
ゴールは二人(以上)でいく、飯屋を決定することだ。
2018年02月15日
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