2018年03月09日

ドラマチックとは何か

単位時間あたりの変化量で定義できるかもね。



雨が降る中絶叫するとか、
夕日の中で抱き合うとか、
桜舞い散る中で再会とか、
そういうのがドラマチックだと思っているのは、
ただの素人だ。

それはシチュエーションに酔っている。

もちろん、素人が酔うシチュエーションを用意してあげるのは、
脚本家の仕事である。
しかしそれは酔わせる為のガワであり、
中身ではない。


ではドラマチックの中身とはなんぞや。
それはストーリーとはなんぞやがまずないと。

ストーリーとは変化のことである。
同じ状態が続くのはストーリーではない。
それは点であり線ではない。
ある状況から別の状況になること
(他社の力でも良いし、自分で変化させても良い。
他動的でも自発的でも良い)、
状況を変化させること、
関係や段階を変えていくこと、
後戻りできないステージへ行くこと、
などなどだ。

簡単な例を。
プロポーズを取り上げよう。

プロポーズはドラマチックである。
それは、恋人から夫婦になるという、
状態の変化の決断だからである。
しかも一方的に変化させることはできず、
二人の合意と強力によって成り立つ、
二人の変化になる。

これがなぜドラマチックかを考える。
結婚の申し込みが一瞬で、
答えもイエスかノーかしかなく、
一瞬で決着がつくからだと僕は思う。
つまり、時間あたりの変化量が大きいと思うのだ。
もしプロポーズが十年かかるものなら、
あんまりドラマチックじゃないだろうし、
プロポーズが「これあげる」「サンキュー」
程度の関係の変化しかないからドラマチックではないだろう。
大きな変化が、短時間で起こるから、
ドラマチックなのではないか。

他の例では、ガンマンの決闘がそうだ。
勝負は一瞬でつくし、
死という大きな変化をしてしまう。
時間あたりの変化量が大きい。

これらを、
素人が酔うシチュエーションにもっていくと、
わかりやすくドラマチックになる。

大雨の中のプロポーズ。
大雨の中のガンマンの決闘。
夕日のハワイでのプロポーズ。
夕日が雲の下から出てきた瞬間光が反射してガンマンが撃つ。
桜舞い散る中でのプロポーズ。
ガンマンの決闘で一人が桜に激突し、その衝撃で大量の桜吹雪が散る。

ね?簡単でしょ?

大雨や夕日や桜吹雪は、ドラマチックの舞台装置でしかない。
その舞台で何が行われるかがドラマの中身だ。


そして、
オリジナルの舞台装置と、
オリジナルの「単位時間あたりの変化量の大きいシーン」
を作ったやつが、
ドラマチックなストーリーをものにするのだ。

ナイアガラの瀑布でなにをする。
大雪の東京でなにをする。
津波が来る中なにをする。
ビルが倒れてきてなにをする。
炎が燃えてる中なにをする。

舞台装置を考えるのは誰でもできる。
ストーリーの中身を考える方が100万倍難しい。

逆に、単位時間あたりの変化量が大きいシーンが出来たら、
「これをドラマチックなシチュエーションに出来ないか?」
とあとで考えても間に合うくらいである。
posted by おおおかとしひこ at 00:43| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。