2018年03月18日

大きいリライトと小さいリライト

リライトには大きくわけてふたつある。
大きいリライトと小さいリライトだ。

物語は、「なにを」「どう」書くかである。
「なにを」書くかに関することが大きなリライト、
「どう」書くかに関することが小さいリライトである。


リライトをする中で最もよくあることは、
「気になるところを順番に直していった結果、
全体としてよく分からないものになる」
ということだ。

整形や化粧の細かい所を直して直して、
全体的には化け物になっている感じであろうか。

これを防ぐには、常に全体を見てかつ部分を見る、
という器用なことができなければならない。
しかしそれはなかなかに困難である。

で、それを実行するためには、
「今大きなリライトをしてるのか、小さなリライトをしてるのか?」
と、常に問うことだ。

大きな/小さなは、物理的な大きさのことではない。
一行直すのが小さなリライトで、
数ページ書き直すのが大きなリライト、ではない。
分量の大小ではなく、
内容の大小の話である。

極端に言えば、
ものすごく小さなリライトのために、
全ページ手を入れることもあるし、
たった一文字変えるだけで作品の根幹を揺るがす、
最も大きなリライトになる可能性があるということだ。

(前者の例:原作ものを映画化するときに、
そのストーリーに必要ない人物を削り、
少ない登場人物のみに再構成し直すことなど。
後者の例:主人公が死んだ描写を、
死んだかどうか分からない描写に直すなど)

作業量の大小と、
内容変化の大小は比例しない。

だから、手間の有無とは関係なしに、
「今のリライトは、大きいリライトなのか、
小さいリライトなのか」を自覚するべきだ。

ありそうな迷宮は、
大きなリライトをしようとして手をつけたが、
細かい部分が気になり始め、
小さいリライトを始めてしまい、
大きなリライトが出来ないどころか、
その小さな直しのせいで大きな部分が狂ってしまい、
手がつけられなくなってしまうことである。

こういうことを防ぐためには、
第n回目のリライトは、「二回する」と決めると良い。

大きなリライト、小さなリライトの、
工程を分けて二回すると考える。


大きなリライトの対象はなにか。
行動、動機、目的、結果、構成、テーマ、
キャラクター、設定、意味などである。

小さなリライトの対象はなにか。
見映え、セリフ(の言い方、言い回し、どっちから言うか)、
場所の雰囲気、
テンポや間、色(あれば)、
ちょっとした冗談や息抜き、
緊張と弛緩のテンポ、
などだ。


大きなリライトとは、
「何を」語るかということで、
小さなリライトとは、
「どう」語るかということだ。

漫画にたとえると、
作画を変えることが小さなリライトで、
ネームを変えることが大きなリライトである。
同じ話でも、絵柄が異なれば全く違う話に見える。
たとえば「デスノート」のコミックスには、
原作者のネームと、
小畑健の作画の比較が載っていたりする。
もし原作者の絵柄のままでは、
あれほど緊張感ある話になったかどうか、
疑わしいというものだ。

「小さい」リライトとはいうものの、
それをすることは、時に作画担当を変えるくらいの、
手間がかかることがある。
内容は変わらずに、物語の手触りを全変更するわけである。

同じストーリーを、
漫画化、小説化、舞台化、映画化、絵本化、
することを考えれば、
中身とガワの関係であることはわかるだろう。

あなたは今どちらのリライトをしているのか?

その自覚を見失うと、
何をしていても無駄になるかも知れない。
リライトの迷宮に入ったら、
今何をしようとしていて、
今何をしたのかを、
大小の観点から見直すと良い。

ストーリーそのものの変更をしようとしているのか?
ストーリーの手触りを変えようとしているのか?
ストーリーそのものが変更したら、手触りは影響を受けるか?
ストーリーの手触りを変更したら、ストーリーそのものが変わってしまうか?

それらに注意を払おう。
posted by おおおかとしひこ at 14:58| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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