脚本というのは、独特の記法をもっています。
でもそれは表にオープンにされないことが多いので、
実際どんな風に書かれているのかがわからず、
初心者の混乱の素になると思います。
そんな例を色々ピックアップして、脚本とは何を書くべきものなのかを示していきます。
添削例1 「カウントダウン」の描写
カウントダウン添削例.pdf
脚本は映像を書くものではありません。
映像の指定は監督の仕事です。
水中ブリンプを用意するべきか、ダイバーは何名必要か、
サウンドエフェクトは同時録音するべきか、
時間帯によっては作業用ライトは必要か、
電源車の駐車場所の確保、その時の汐の向き、太陽の角度、
手前に手を写し込むなら本人の手がいいか、スタンドインでいいか、
どういう芝居をしたほうがいいか、
苦しむべきか、諦めているべきか、
などについて、脚本家は考えなくてよいです。
男が入水自殺したことが分かればそれでよく、
その切れてる表現は監督が考えることです。
むしろ脚本に描かれるべきことは、
「何故自殺したのか」
「その結果何が起こるのか」です。
つまり、「前後のつながり」です。
それがないとただのシャシンの指示書でしかなく、
ストーリーの指示書ではなくなります。
脚本はシャシンの指示書ではありません。
コンテ(あまり日本映画ではないですが)がシャシンの指示書です。
現物を見たければ、
以前の「プロの現場から」シリーズを参照してください。
とくに日本のCMコンテは、左に絵の指示、右に音の指示、
とパートを分けて書くのが特徴です。
さて、この話では、
入水自殺する男の見た景色が、そのまま逆転して生きる希望になるという構造で、
この為に特別な表記をしたかった、
というのが真相だと思います。
だったら、
そもそもトップシーンに、
「海の中に沈んでいく男の主観。
泡が水面の光の方へ。底は暗く、だんだん沈んでゆく」
などのようなイメージシーンを作っていくとよいとおもいます。
で、「だからなんだ」というのがストーリーで。
(泡が「底つき」の象徴である、という比喩は平凡。
これを絵ではなく人間関係のドラマとして描くのが映画的ストーリー。
ここでいえば石売りのホームレスと出会ってからが本番)
それが貧弱だから、
こういうビジュアルで何か語った気になっているだけです。
添削例2 「故郷のみやげ」設定部
説明とリアリティのこと。
故郷のみやげ添削例.pdf
キャラクターの設定を、序盤でしたいものです。
とくに初登場シーンではなおさら。
しかしこれが「ただの説明」になっては、
お話ではありません。
「その場の自然な流れで、うまく説明になっている」
というのが上等な説明です。
これが出来ないのなら、
「このキャラクターは〇〇〇〇〇で〇〇〇〇〇」
と字幕でも出したほうがよっぽどましです。
その場のリアリティとはなんでしょう。
最初の場面では、
「迷子の子供に警官が声をかける」というようなリアルな場面のはずです。
そこで唐突に「呪われたいか!」と不思議なことをする子供、
という設定を示したいのだと思います。
ということは、一回リアルな文脈においてから、
初めてその違和感を出さないと異物感は出ません。
「こういうときにこうする」という文脈依存だからです。
ということで添削例では、
ふつうの迷子を保護しようとしている警官を描いておきました。
もしここの場面もさらに伏線にするなら、
ふつうとは違う声のかけ方をしておいたほうがよいかも。
(ラストで身分を明かす方式だとしたら、
まったく記憶に残らないので)
次の場面。
初対面の人に「男? 女?」と聞くでしょうか。
猫を助けてくれたという文脈で、どうして男女が気になるのでしょう。
おかしなことです。
それは、
「明日実は、一見男女どちらか分からない、女である」
というキャラクター紹介のことばかり考えていて、
今のリアルな文脈から離れてしまっているからです。
(これはもうこの作者の癖でしょう。
もう一本のほう、「僕の命はお前が守る」でも同じ傾向があります)
観客は今与えられている文脈を追います。
「猫を助けてくれた大人」
という空気で、その人が男か女か気にする人はいません。
なのに不自然な「この人は男か女か」という問いがはいるからおかしいのです。
キャラクター紹介をしなくちゃ、
とあせっているだけです。
「コタマを助けてくれてありがとう、お兄ちゃん」
「(膨らんだ胸を見せ)女だ」
「……お姉ちゃん」
のように自然な会話を作るべきで、
「それがいかに自然な流れでしかも目的を果たし、かつリアルか」が、
脚本家の腕というものです。
(そもそも「明日実が男女どっちかわかりにくい」
という要素はこのストーリーになくても成立します。
より大きな問題はそこですが)
設定を並べるだけなら誰でもできます。
脚本になっている段階で、
それはストーリーの一部として機能しなければなりません。
出来ないなら、字幕で全部語ればいい。
そして字幕だらけのCMのように、
そんなものは誰もみません。
そもそも何故人は設定に興味を持つのでしょう。
興味を持つように誘導されていなければ、
流れてくるCMがうっとうしいように、
出来れば見たくないものなのです。
どうしてもその先を見たくなるようにしているか、
まずチェックするべきです。
僕は一生保険の説明など聞きたくありません。
そういう人にも「これどうなってんの?」と言わせて、
身を乗り出させているでしょうか。
やっぱりこの人が男か女かは、この時点での興味の対象じゃないなあ。
添削例3 「恋々自販機」のオープニング
とても冗長なオープニングです。
ここまで縮めることが可能です。
恋々自販機オープニング例.pdf
興味の誘導まで三十秒でもっていけています。
あとは本編、すなわち「恋の成就の面白さ」
に労力を使えるでしょう。
ほんとうの問題はこういうことではなく、
「キャラが全く立っていないこと」
にあるかもしれません。
ストーリー自体が単純(これも問題だが)
ゆえに、あとはキャラの魅力で引っ張るべきところを、
なんの魅力も見いだせないまま、時間だけが過ぎていく感じになっています。
それはほんとうに必要な会話か?
面白いギリギリの最小は、何手詰めか?
そこまでそぎ落とした経験はないでしょう。
これだけの文章を書くだけで疲れます。
人が書ける文章は決まっています。
そのあとで息切れしたことくらい、
経験者なら見抜けることと思います。
あなたが死にそうな老人だとして、
人生であと15枚しか言えないとして、
それでもこの冗長なオープニングにするでしょうか。
あなたがこの世界に慣れる為の習作で書く分には構わないですが、
観客がこの世界に慣れるには30秒で十分だと思います。
だってよくある普通のものだから。
この脚本のいい所は、
「ビジュアルを固定した」だけです。
自販機越しの恋、というシチュエーションをつくっただけで、
実質のラブストーリーはとても平凡です。
プロならば、
このシチュエーションでしかありえない、
この二人でしかありえない、
オリジナルなキャラクターとストーリー、セリフにしてくるはずです。
僕は今回思いつかなかったのでやめましたが、
本来これをリライトしたかったくらいです。
比較的、技術的な、表面的な直しで、
根本に至る直しではありません。
でもこうやって表面を均していくと、
奥にある根本的な問題点が現れてくるものです。
全部の作品についてこうしていると時間がなくなるので、
次回はもう少し中規模の問題をとりあげます。
2018年05月01日
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