2018年05月12日

「おもしろい」ってのは、一番雑な言葉なんだよね

面白いか面白くないか、それが重要だ。(ハムレットか)

面白くないのは論外でドブに捨てるとして、
「面白い」とはどういうことだろうか、
ちよっと考えてみよう。

「面白い」は、複数通りの面白さを、
雑に言った言葉じゃないか、説。


ゲラゲラ笑える。クスッとなる。皮肉が効いてる。
キレがいい。
ワクワクする。
ドキドキする。
キュンとする。
萌える。
燃える。
感動する。
号泣する。
知的興奮がある。
謎解きの快感。
パズルがはまって行くような感じ。
ダメだったものが生まれ変わる感じ。(カタルシス)
そことそこが繋がるのか!という感じ。
どんでん返しの驚き。

キャラクターの魅力。
セリフや言葉の魅力。
場所の魅力。
設定の魅力。

展開の魅力。
王道の魅力。
テンプレの魅力。
新しさの魅力。

人生観に影響を受けるほどの深さ。



思いつくまま書いてみた。
面白いとは、こういうものの部分集合から出来ていて、
それらを言葉に分解できない、
言葉の弱い人が、「面白い」って使うんじゃないか?

僕はよく、
「それは面白いのか?」って聞く。
面白いとすると、
「どこが面白いのか?」ってよく聞く。
それは、面白いわけないだろという反語ではなく、
単なる質問だ。

それに、面白い以外の言葉をなるべく使って、
表現できるのなら、
それは面白い内容があるってことだと思うんだよね。


部分の面白さしか言えなくたっていい。
本当は全体を包括する面白さを一言で言いたいが、
それがボキャブラリーが貧弱で叶わないときでも、
Aという面白さと、Bという面白さと、Cという面白さが、
混合してあるんです、
という説明だって構わないと思う。

一本取れないんなら、
技ありをたくさんとって合わせ一本にすればいいだけのこと。


それは面白い?
面白いなら、どう面白い?

それは他人の作品を、なるべく正確に見ようとする事で、
同様に、自分の作品を、なるべく正確に見ようとすることだ。


他人の作品を正確に見れないやつが、
どうして自分の作品を正確に、公平に見れているというのだ。

他人の作品の面白さを、
ちゃんと表現できる人は、
つまりはその面白さを部分集合に分解できる人だ。

じゃ、その正確な批評を、
自作品にもすればいいだけのこと。

それが出来ないのは、
目が腐ってるか、
バイアスがかかっているだけだ。


目薬さして、鏡を見ればいい。
posted by おおおかとしひこ at 14:54| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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