2018年05月15日

赤を上手に使おう

ビジュアルデザインの話ではなくて?


盲人や色覚にハンデのある人を除いて、
私たちは色に囲まれて暮らしている。
映画がカラーになって、
色をどう使うかが考察されてきた。

最も重要な色は赤だ。

一番目立つ、強い色だ。

赤をどう使う?
それはビジュアル上の問題ではない。

「最も重要な赤で表現するべきは、
最も強い意味のところ」だからだ。

それは、ストーリーと不可分でなければならない。



昔ちょっと流行ったのは、
全編モノクロなのだが、
ひとつだけ重要なものが赤く塗られている、
というやつだ。
(「踊る大捜査線」の煙突からの赤い煙、
「シンドラーのリスト」赤い風船など。
どちらもたいした例ではないので見なくて良い)

つまりそういうこと。

一番大事な一行を、
赤く塗ってみなさい。

そこに、ビジュアル上で赤を添えなさい。

炎、爆発、赤い服、血、バラ、赤い壁、郵便ポスト、
唐辛子、スポーツカー、ドレス、
などなど。

いい例を思い出した。
「ギルバートグレイプ」の最重要シーンは、
終盤の、家から出なかった母が、
家を燃やすシーンだ。
(ネタバレを知っていたとしてもすごい)

その赤は、今も僕の心にある。


そういう赤の使い方をしよう。


ビジュアル上のデザインは、
最終的には監督の仕事だ。

しかし重要なものがなにかを決めるのは、
脚本家の仕事だ。
それがちゃんと一番になってたら、
センスのある監督ならそれを赤にするさ。


もうひとつ思い出した。
中島哲也の「告白」。
牛乳に入れた血と、爆発が、
重要な赤だったね。

しかも計算ずくで、
全体をブルートーンにして、
赤の逆にしてある。さすがである。



なんでもかんでも赤くするのは、
何も重要なことをわかっていない証拠。
(頭の悪い人の教科書のようだ)

全部から赤を引いて、
たったひとつだけ赤を使うとしたら。

それを考えることは、
全体の構成が出来ているかどうかのチェックでもある。


そうそう、
赤は別に色でなくてもいい。
「告白」における血は、一回も出てきていない。
にも関わらず、
私たちの頭の中には、
白の中に垂らされた赤が、
気味悪さとともにイメージされる。

それ。

イメージの中で重要なように、
操作することができるということ。
posted by おおおかとしひこ at 21:34| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。