2018年05月15日

挿入のしまくり2: じらし

挿入のしまくりという言葉が、
期せずして下ネタになっていたことに気づいた。

毒を食らわば皿まで。
挿入のしまくりは、下ではゴールへ急ぐ事だが、
脚本においては、じらしまくりの事である。



先日の挿入しまくりを俯瞰していたら、
その挿入現象とは、
ピークであるところの、23部分に対して、
なるべくそれを引っ張ろうとする、
じらし行為であったことに気づいた。

最後の挿入部である7は、
実は23の後に来るクライマックスの、
後日談的要素として取っておいたものだ。

それを前倒しして使ったことになる。

そうまでして23を遅らせる意図は何か、
というと、「じらし」そのものではないかと思ったのだ。

そもそもその前が、
でかいブロックの終わりで、
直前にはピークがあった。

だからクールダウンせずに、
一気に123と畳み掛けるべき、
と当初は思ったのだ。

だが、
畳み掛けて一気に抜けるには、
クライマックスの準備が足りないなあ、
と直感したのである。


クライマックスは、
全ての爆発であるべきだ。
これまでの伏線全てをまとめあげる、
最大の山場になるべきだ。

それには、助走が足りねえぞ、
と直感したのだ。

ピーク→その勢いのままでクライマックス

といくよりも、

ピーク→さらなるセットアップで一旦呼吸の整理
→あのピークがもう一度欲しいなあ
→なんか別方向で盛り上がってきた
→こっちはこっちで面白いぞ
→用意していた爆弾ドーン
→それを受けての、クライマックスの開始

といった方が、おもしろいと直感した、
ということである。


メリハリというか。


人は一旦ピークを見たら、
さらなるピークを欲しがる。
残り時間が大体わかっていれば、
そこから逆算であと何回「今のごえ」があるか、
予想するようになる。

あと何回あるんだ?
ラストがドーンと来るんだろ?
という予測(期待)を感じた僕が、
ちょい待ち、ちょい待ちとじらしながら、
徐々に別方面から盛り上げていって、
前のピークに匹敵するドーンをかまして、
最大の山場に突入する、
ということをやってみたわけである。


なかなかこの呼吸は難しい。

自分としても合ってるかどうか定かではない。

でもそうしたい気持ちは分かるだろう。
(それが実現しているかどうかは、
のちのち客観的に見ないと判断は出来ない)


つまり。

ただストーリーを垂れ流すのではなく、
じらしたり、意外な方向に行ったり、
準備する前に驚かせたり、
虚々実々の駆け引きを、
「観客と」しているかどうか、
ということなのである。

特にじらしは、
上級者のテクかも知れない。

セックス的にも。

(こうやって話の枕に戻れば、
落ちたようになる。おあとがよろしいようで)
posted by おおおかとしひこ at 22:40| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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