2018年05月18日

あれ、消化してない伏線があるぞ

書き終えた時に、気づくことがよくある。

使おうとしてた伏線を、使っていないことにだ。

やり方はふたつある。
1. 使う。つまり、伏線を解消するシーンを後半のどこかに入れ込む。
2. 使わない。つまり、伏線を削り、なかったことにする。

3. 伏線は残して回収もしない
は論外だ。


どちらもリライトである。
その前に、使う、使わないを決めなければならない。


使うと決めればページ数は増える。
尺を一定にしたいなら、何かを削る必要がある。
あるいは、尺が増えてでも、濃く、深くなるなら、
やる意味はあるかも知れない。
付け足したことで、複雑になり、ややこしくなるかも知れない。

使わないと決めれば、
その係り部分を削る必要がある。
それが印象を薄くし、
全体を希釈する可能性がある。
無駄がなくなって、締まり、
焦点の維持が保たれるかも知れない。


使う/使わないの二択から、
4通りの結果があり得る。

正解は1/4だ。

何も考えない状態から、
毎回1/4を引く猛者はいない。

だから、
使っていない伏線を発見するごとに、
常に自分にこの4通りを想像させると良い。

部分ではなく、全体として、
良くなるか、否かを。


また、消化していない伏線を、2つ以上発見してしまうこともある。
厄介だ。
4×n通りの、リライトの結末があり得る。

これは消してこれは残して…と想像するだけでも大変で、
これを残した場合削るのは…と、
場合の数が増えていくことも勿論だ。

理系ほどその数をきちんと数えられるが、
全択を網羅しているうちに正解が分からなくなり、
文系は面倒になって直感で選びがちで、
やっぱり正解にたどり着けない確率が高い。


しかし、結局、
その正解を引けるのは、
全ての場合の数を、想像し切れた時だけだ。


リライトが毎度うまくいかなくて、
最初の方がましだったという現象は、
1/場合の数の正解を、
引けた人の少なさを物語っているのではないだろうか?


スクリプトドクターは、
診断はするが治療はしない。
「ここ、伏線消化してませんよ」
までは指摘できるが、
治すのは患者だ。

切除手術は可能だ。四角で囲んでカットするだけだ。

しかしそれでストーリーが回復するかどうかは、
患者の生き残り力次第でしかない。

何をどうしたら、
未来が良くなるかは、
結局全てを想像しきって、
正しい選択をした人にしか、
分からないことだ。

時々、ああすればよかったのでは、
こうすればよかったのでは、
と、別解を思いつくことがあるのは、
やはり考え抜けなかったことがあるからだ。


もっとも、
そこまで愚直に全パターンを網羅するかは、
性格的なものもあるかも知れない。

しかしその粘り強さは、
ライターとして重要な資質だ。
適当にやってましになるはずがない。
文章とは、良く練られた思考のことなのだから。



で、
先日の2つ入れ忘れた伏線は、
見事に消化することにした。

書き終えた時の物足りなさを、
うまく繋ぐ接着剤の場面として機能することが、
試行錯誤の上わかったからだ。


書いてて、「これでいいだろうか」と、
違和感や迷いを感じるところが、
何箇所かあったはずで、
これはこれでよいからいいか、
と流しているところが何箇所かあるはずだ。

そこが恐らく修復ポイントの候補で、
その接着剤に、忘れられた伏線は有効ではないか、
というのが今回の発見だ。

(この経験則は、
修復ポイントの再工事には、伏線消化を利用せよ、
ということになるかも知れないが、
確信がないので仮説としておく)



置き忘れた伏線は、
書き終えてしばらくしてから気づく。

それは、第一回リライトのチャンスで、
鉄が熱いうちにやっておくといい。

とりあえずそれらを残さずやったら、
僕はこれから冷却期間に入り、
冷めた目で見れるまで一ヶ月くらい待たなければならない。
posted by おおおかとしひこ at 09:54| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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