2018年05月20日

書き終えた後にすること

長いものを書き終えると、
二、三日はその余韻に浸るものである。

で、あそこはああすればよかったとか、
こうだったら良かったのに、
とか、色々とアイデアが、
書き終えてから出てくることが、
経験上とても多い。

ということで、
それは常にメモをしよう。


間違っても、直し始めないこと。
前の原稿は一切見てはならない。
その期間の目安は僕は一ヶ月程度としている。

原稿を見ない状態で、
「頭の中の記憶だけで」
作品を操作して、
ああすれば良かったこうしよう、
なんて妄想をするのは自由で、
それは、
「最も柔軟な脳の中で、さらに合理的に組み替えられる過程」
だと僕は思っている。


つまり、ようやく全体が見えて、
ようやく骨格の歪みなどが実感できるように、
なったというわけである。


だからこのメモは非常に大事で、
とにかく数日は、
原稿を見ないまま、
ひたすら頭の中で反芻して、
「こう直した方が良い」
を貯めていくと良い。

何日かすると、
それもあんまり思わなくなってくる。

その直しが妥当かどうか、
検討し直すことすらなくなってくる。

ようやく、寝かしのはじまりだ。


一ヶ月は違うことをしよう。
別の作品をつくってもいいし、
映画を見まくったりしてもいい。

GW興行のをいくつか見逃しているのでそれも見たいなあ。



で、一ヶ月経ったら、
何も見ずに、何もメモを取らずに、
ただ一気読みすると良い。


部分的な直しをしたくてイライラするだろうが、
絶対にメモをとってはいけない。

これは、部分に気を取られず、
全体を見ることの出来る、
最初で最後の機会だからである。


直しは大きなところから直す。
構造を直すなら、ワンチャンここだけだ。

だから、
大掴みに全体を読まなければならない。


読み終えたら、
感想でもかんでも書こう。
そうして、
大きくこう直した方がいいんじゃないか、
ということをおもいつき、
その方針をメモしよう。

ようやく、
数日後に書いた書き直したいことのメモを引っ張り出す。

大きな直しの方針に利用できるものだけ再利用して、
細かな直しの部分は無視して良い。

どうせ、大きな構造が変わると、
細部の表現はごろっと変わる可能性が高い。

まだ、荒いヤスリをかける段階だ。
いや、ヤスリの前の、
構造組み替え段階だ。

細かいヤスリのことを気にしてはいけない。

すべてのヤスリの木目を合わせるのは最後の段階で、
そこに至る前に細かいヤスリをかけても意味がない。


こうして、
リライトの日々がはじまるのであるが、
それはその時にまた書くかもしれない。

(ちなみに僕は今、
直後のメモをたくさん書いている状態)
posted by おおおかとしひこ at 15:11| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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