2018年07月09日

人は因果関係、つまり物語をもってしか理解できない(仮説)

物語とは何か。それはどうしてそれが起こった因果関係だと言える。
このツイートは、麻原というモンスターがどうして誕生したのか、
分りやすい物語形式にして、「理解」しようとしたものである。

https://twitter.com/tanji_y/status/1015446982289027074
(ツイッターのスレッドの貼り付け方はこれでよいのか?)

いわゆる「心の闇の解明」というのは、
このような優れたわかりやすい物語だけによってしか、
理解できないのではないかと思う。


僕は京大出身で、在学当時の学園祭に麻原が来たし、
同輩の何人かは出家した、
リアリティをもってこの事件を見ている。

宗教と科学は、形式においては異なるが、
どちらも物語(因果関係)において世界を説明しようとしている、
という点において同一の形式である、
という主張を僕はしている。

つまり精神科医はエビデンスによる機序解明をする科学者ではなく、
物語で心を理解しようとするシャーマンであると。
機序解明が進んで、科学者寄りになっていてもだ。
なぜなら、心とは主観という物語だからだ。

これは、物語とは何か、と考える、脚本家としての意見だ。
posted by おおおかとしひこ at 17:47| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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