2018年07月16日

【薙刀式】思考と文章、つづき

前に湧き水と汲むことにたとえてみたけれど、
その泉は、言葉そのものではない。
書きたいと思うなにかであり、
汲んで、つまり書く行為によってはじめて文字になる。

水は言葉の形をおそらくしてなくて、
非言語的な、
衝動のようなものではないかと考える。


久しぶりに大きな絵を描いている。
B4サイズだけど300dpiなので、
10GBの重さのデカ絵だ。


絵はどうやってできるのか?

アイデアスケッチはあった。

僕のスタイルは手書きで線を描き、
スキャンし、デジタルの厚塗りで仕上げる。
最近は線は鉛筆だったけど、
思いついて黒パステルで、木炭風に描いてみた。

新しい画材なのでテストになんか描くか、
とスラスラ描いていたら、
これこのまま使えるやん、
と切り替えて、
当初のスケッチとは違うが、
構図と構成要素は似た絵が、するすると出てきてしまった。

これは、
湧き水と言葉の関係に似ていると思った。


絵を描く前には具体的な手の移動線は考えていない。
でも、手を動かしてみて、
最初の線に出会ってしまったら、
その線が次の線を湧き水の中から引き出して、
次々に線にしていく感覚がある。

言葉も多分同じ。


モヤモヤとしたアイデアや思いのようなものがあり、
最初の言葉に出会った時、
それはその言葉を発端に、
次々と言葉にトランスフォームしていくような気がする。

最初の言葉が触媒で、
次の言葉が次の言葉を呼ぶ連鎖反応のような感じ。

小説家はストーリーを書くときに、
「最初の言葉が決まったら最後まで書ける」
とよくいう。

実際の感覚で言えば、
全ての湧き水を貯めるまでは、
なかなか最初の言葉は出てこない。
ストーリーがおおまか出来ていても、
どの言葉から始めるべきかは何万通りもあり得る。

しかし、水がたまってさえいれば、
最初の言葉が言葉になったら、
水は次々に言葉になっていく気がする。


思考速度と前には書いたけれど、
実感としては、
水が言葉になる速度、みたいな感覚。

水が沢山たまっていればいるほど、
その速度は速いような気がする。
(堰を切ったように言葉が次々に出てくる状態)


で。


絵を描いているときは、
線が線を連れてくる。
色が隣の色を連れてくる。

ここにこういうものを置くならば、
ここにはこういうものを置こうという判断。

絵全体を眺めるときにも、
部分だけを見ているときにも思う。
絵を描くときは時々全体を引いて眺めるのがコツで、
全体としてまとまりがあるかを見ておかないと、
部分に気をとられることが多い。


言葉も大体同じだと僕は考えている。

書いてるその水際では、
微視的な言葉の選択の連続だ。

しかし時々俯瞰して、
あのことは大体尽くしたから、
あとアレとアレを言及しなくては、
などと全体のバランスを見ながら書いていくことになる。

口述筆記の弱点はここで、
水際しかないから、
全体を見渡す手段がないことにある。
(音として消えて無くなる言葉を、
文字によって俯瞰できるようにしたことが、
文字の優秀さかも知れない)

僕が音声入力に否定的なのは、
言うことは、
この書くという行為とは異なると考えているからだ。

(もっとも3000字程度までならどっちでも同じかも知れない。
僕が考えているのは1セッション1万字程度の話)


言葉を見ることで次の言葉を決める行為は、
色を塗ったことで次に塗る色を決める行為に、
どこか似ていると思う。

反対色でコントラストを取るのか、
似た色で連続するのか、
よくある組み合わせにするのか、
新規の組み合わせにするのか、
ベタな流れか、安心の定型か。

前のを参考にしながら次を決める。
それこそが書くという行為のような気がしている。




で、その「言葉化する速度」が、
おおむね1500字/10分が上限のような気がしていて、
タイピングはそれに追いつけばいいんじゃないか、
ということを言おうとしている。

どんな文章でも1500字/10分は、
だいぶ上級者だと思う。

僕の薙刀式では、
他人の文のコピー打鍵は900ないし1000ぐらいで、
自分の言葉なら900から1500程度で、
小説など最も脳を使う速度は500程度だ。

2000字/10分の人はいるのだろうか。
200字/1分は、初速なら可能だけど、
30分や2時間その速度が持つとは思えない。

水が言葉になり、言葉が言葉を連れてきて、
言葉を見て言葉を決めるのは、
そんなに速くないと思うんだ。


いや、これは僕の実感でしかなくて、
世の中には2000や3000や5000もいるかも知れない。
IQ200とかと話したことないから、
「頭の回転」がどれくらいなのかわからない。
(実際IQが高い人は言語で考えていなくて、
考えだけで先に結論を出し、
あとでそれを言語化するパターンが多いらしいが)



自分の実感をとりあえず書いてみた。
ここまで打鍵速度からの逆算で、
思考速度を考えてる人は見たことない。

でも、配列って実用のためにあるんだとしたら、
なぜそこを測定していないのかが分からないよ。

ほんとにみんな日本語書いてんのかな。


すごく書いてたのは飛鳥のRayさんだが、
どれくらいの速度なのかまでは数字が出てこなかった。
タイピングゲーム(コピー打鍵、日本国憲法)に関しては出てきたが、
僕が知りたいのは創作打鍵だ。

創作打鍵に関しては親指シフターが一大勢力だけど、
勝間さんの分速200字以外に、
具体的数字が全然出てこない。

毎日ブログや原稿を書いてるシフターたちは、
文字数と時間を示してほしいものだ。
それこそが配列変更予備軍にとって、
一番知りたい情報のはずだ。



薙刀式は、

1500字/10分(日記程度の軽い文章を書く)
1000字/10分(ブログなどの論説文を書く)
650字/10分(自作小説の手書きからのデジタル化)
500字/10分(脚本を書くとき)

ぐらいにはなれる。
トップスピードではなく、巡航速度の話。

また試す人全員がなれる保証もない。
合わない人もいるかも知れない。
posted by おおおかとしひこ at 23:38| Comment(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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