2018年07月23日

不定形の評価に耐えられるか

これは「創作とは何か」の答えのひとつかもしれない。

形の定まらない評価を受けるものが創作。
一定の評価基準内で点数表示可能なものは、
創作ではない。

つまり創作とは、点数などのわかりやすい評価をつけられない。
ということは、
あなたはそれに一生付き合うだけの、
強さを持たなければならないということだ。


点数評価することは簡単だ。
そして点数順に並べることも出来る。
評価軸を複数に増やしてもいい。
ここは評価が高いが、
ここは評価が低い、
のような多次元空間を作っても良い。


数値評価すると、安心する。
その不定なものが、形を持つからである。

学校教育の弊害だろうか。
全てのものに点数をつけないと、
安心できない心の病でもあるかのように、
今、すべては点数付けられる。

年収、女の数、身長、学歴、
フォロワー数、いいね数。

人は数があると安心する。
数で並べ替えをできて、
ポジションが確定するからである。

しかしそれは、
学校の点数の延長に過ぎない。

研究者になったら、点数は関係ない。
決まった答えに近づくことではなく、
課題を発見し、それをどう解決したかが、
その研究者の価値である。

しかし、その不定な評価に人は耐えられない。
論文を何本書いたのか、
著書は何冊か、
どこ大学ランキングか、
年収は、特許数は。
どうしても数字で評価したくなる。

それは、数字の列の中に入れて、
一旦でも確定したいからかもしれない。


映画だって文学だって、
不定形のものであるはずだ。
数字と関係ないものを作ることが芸術だ。

しかしながら、
興行成績、バズり数、テレビ放映視聴率、
満足度ランキング、批評家の平均点数、
サイトでの評価ポイント、
賞をとった数、グランプリ。
などなど、
どうしても数値化してしまおうとしてしまう傾向が、
人にはある。


しかしあなたがこれから創作を続けていくのなら、
その数値目標は捨てることだ。

数値はついてまわる。
それは人は数字を見て、
不定の不安に耐えられずに安心したいからだ。

なんぼのもんかわからないものは、
なんぼのもんと、数字で理解したいのだ。


それを、あなた自身がしてはならない。


自分の作品を数字で評価するな。
ビュー数、興行成績、賞の数。
そんなもので安心しようとするな。

そこにない、評価基準のないところが、
あなたの冒険の部分だ。

たとえ分かっていても、
そこに逃げて安心したくなる。



創作を一生やるならば、
その不安に一生耐えることだ。

数字で評価する世界に行きたければ、
ユーチューバーにでもなって、
再生数をひたすら稼げばいい。

テレビは視聴率至上主義になって暴落した。
数字を追うことは、
中身を追わなくなることだ。


中身がよいから数字があとからついてくるもの。
数字をただ守銭奴のように稼ぐのは、
学校から卒業できていない、
まだ子供なのである。


なぜあなたの作品は価値があるのか?
数字でなく、言葉で語りなさい。

言葉に形はなく、数字に形はある。

あなたの創作には形はない。
形のない言葉だけが、あなたの作品の価値である。


(感想をビッグデータでとらえて…
統計を取って…などと考えてもいけない。
それは数字の魔法の罠にはまるだけだ)
posted by おおおかとしひこ at 21:51| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。