2018年07月27日

あとで関係してこないエピソードは切れ

頭から書いていくと、
「何かを説明するだけに存在するエピソード」が、
浮いたままあることがよくある。


例えば主人公の生い立ち、
〇〇が嫌いな理由を説明するための小過去話、
〇〇がすごいというのを説明するためのエピソード。

なるほど、これはこれを説明するためにあるのだなあ、
ということを感心している場合ではない。

それは、はじめてふりかけや、ラストチャンスふりかけと同じかもしれない。
つまり、単なる下駄をはいているだけかもしれない。


あることを説明するために、
たんなる説明台詞にするよりは、
エピソードとして挿入するほうが、
物語的である。
だから小エピソードは印象的なものにするべきだし、
それがイコンになることもあるだろう。
それ自体は問題がない。むしろ推奨だ。

問題なのは、それが「何にもかかってこない」ことだ。

つまり、そのエピソードが出オチになっている、
ということなのだ。


逆にいうと、
そのような孤立しているエピソードを放置せず、
何かにつなげていくと、
「それは伏線だったのか」という驚きが生まれる。

いや、驚かせるつもりではなく、
最初から計画ずみであったのだ。
そのように見えるだろう。


孤立するエピソードはないか。
それだけで使っている、使い捨てのエピソードはないか。
それをあとで利用しよう。

主人公のトラウマシーンがあったとしたら、
それに関係するなにかが、
あとあと必ず出てくる。
その原因になったものや、人物が必ず出てくる。
それが映画というものだ。
そうなっていないものは、
ストーリーとして不十分であるということだ。

壁にかけられた銃は、あとで必ず使われる。
使われない銃は、削るべきである。
削らないなら、あとで使うべきである。


孤立しているエピソード探しをしよう。
そこと関連があることを、
だいぶあとでもよいから使おう。
そうやって、ストーリーは重層的になっていく。
posted by おおおかとしひこ at 18:03| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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