主人公がずっとカッコいいと思ってるのは素人だ。
主人公ほど、カッコ悪くてみっともない場面をつくれ。
人間は完璧ではない、
しかし人間は完璧なゴールへたどり着ける、
を描くためだ。
完璧な人は魅力がない。
なんでだろ。
強烈な欠点は、強烈な長所とペアだからかもしれない。
欠点だけしかない人も、
完璧な人と同様にどこにもいないのかもしれない。
すごくいいのに、
一点だけ残念な点がある、
という人が魅力があるのか、
欠点がいくつもあって、
長所もいくつもある、
という人が魅力的なのかはなんともいえない。
そのキャラクター次第かも。
人は自分より劣るところを見ると安心する。
全部自分よりスペックが上だと嫉妬する。
欠点があることで引き摺り下ろされて、
庶民的になることで人気を得ることもある。
みっともない場面をつくれ。
恥じ入り、もう消えたいと思う場面だ。
そしてそこから逃げられない箱庭をつくれ。
その人はそれを挽回しようとして必死になるだろう。
それは強烈な動機になるし、
説得力のある動機になるし、
似たような経験をしている人は感情移入の起点になるし、
欠点と長所を示す場面も作れる。
美味しいところだらけではないか。
カッコつけようとしてるから、うまくいかない。
あるいは失敗を恐れてなにもしない若者みたいになって、
ストーリーが進まなくなってしまう。
失敗もストーリーで、挽回もストーリーだ。
むしろ大逆転こそがストーリーなのだから、
失敗と挽回はペアである。
失敗しない人がかっこいいんじゃない。
失敗をそれ以上の成功で挽回するやつがかっこいいんだよ。
出来るだけみじめな失敗をさせよう。
人生オワターな感じのやつがいい。
リアルな人生はそれで終わるのかもしれないが、
ストーリーはそこがはじまりで、
完璧なラストに至って終わりである。
主人公がみっともない場面にならないのは、
そのストーリーはまだ始まっていないのかもしれないよ。
2018年08月23日
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