僕が子供の頃からテレビで見ていて、
そのときからずっとおばあちゃん役をしていた気がする。
カックラキンか郷ひろみとのコンビか、
おそらく最初の記憶はそのへんだ。
フジカラーの「それなりに」のイメージも強くて、
愉快なばあちゃんという、青島幸男と似たジャンルに入っていた人だった。
それが一変したのは「下妻物語」だ。
縁側に座ったババアのくせにゴツい眼帯をしていて、
飛んできた蝶を片手で取りむしゃむしゃ食べる。
この仕事をやるということは、
このババア、ただのいいおばあちゃんじゃねえぞ、
と初めて気づいた。
このギャグを理解して演じれるということは、
この人中島哲也の狂気をきちんと理解して、
自分の中で咀嚼している。
相当頭が切れる人だと感じた。
それは、仕事で一回だけご一緒できたときに確信した。
認知症治療薬のCMでだ。
(処方は医者しかできないので、薬名は公表できない。
しかし投資家向けや医者向けに、製薬会社がCMを大々的に打つことがある。
ああ、あのCMのね、とビジネスを円滑に行かせるためである)
15秒30秒だけじゃなくて、
その時は2分ぐらいの一幕劇を書いた。
認知症はデリケートな問題だ。
しかし、恐れることはない。
進行する病気だが、薬で遅らせることは出来るから、
腫れ物に触るようにいるのではなく、
当たり前の家族で一緒に生きよう。
そういうメッセージを裏に秘めた、
おばあちゃんがまるで子供のように見える、
心温まる2分間だ。
ちょうど認知症の役の映画をやり終えたあとで、
役作りが達者だったのもオファーの理由の一つだ。
下手な役者にやらせるぐらいなら、
本物の役者にやらせたほうがいい。
知名度が低い人にやらせたらほんとうの認知症だと勘違いされるから、
あくまで演技だとわかる方がいい。
彼女の演技はリアルだった。
リアル過ぎて
「認知症介護の辛さを思い出させる」とか、
「樹木希林が本当に認知症になってしまった」とか、
ネットで叩かれた。
今ほどツイッターがなかったけど、
今なら大炎上かもなあ。
抗議の電話もあったらしい。
(だからシリーズ2本目は、認知症の演技をやめろと指示があったくらい)
それでも僕が、
このストーリーを語ることで、
認知症患者と一緒に暮らす人々の心構えが、
少しでも前向きになると思っていた。
彼女はそれを理解して、
アドリブてんこ盛りの、
迷惑ばかりかける認知症患者をぶっこんできた。
周りの役者は台本通りにしか進行できない。
彼女は怒った。
役が入っていないと。
どういう役か理解してれば、
認知症のおばあちゃんが暴れてるんだから止めるでしょ?と。
「そのアドリブをやる余地はある。
その為に長回しのマルチキャメラにした」
と僕は口添えた。
あとは、役者対役者だ。
しかし樹木希林の面白いところは、
ストーリーの肝は必ずこちらの狙い通りにしてくるところだ。
そこはあなたの責任、
わたしはそれ以外の隙の部分をうまいことやるよ、
と無言で言われているようで、
ただのじゃじゃ馬じゃねえぞ、
と、即座に彼女のことが理解できた。
誕生日だから歌を歌おう、
いやだ。
けど、歌ってみたら面白くなってきた、もう一回やろうよ、
で歌おうとしたら先にケーキのろうそくを吹き消す。
そういう他愛ないうっかりなのかボケなのかわからない境地の話。
その肝は全部守るけれど、
間にちょいちょいアドリブを入れてくる。
急に帰ろうかなと席を立ったり、
「おたくどなた?」と急にいったり。
心の不安定さを逆に自由に活かしてくる。
彼女はそれで、周囲がどれだけやれるかを見ている。
お前はこの振り回しをどう処理する?ってね。
僕は役者に委ねた。
「そこは編集上繋がらない」しか修正していない。
編集のことを考えて、強くとか弱くとかしか注文していない。
彼女は自由にやらせて、周りを振り回しているのが、
一番面白くなる。
台本は僕が書いたから、
「そこは肝だから守って」と言える。
出来上がったものはアドリブの集大成で、
それでも骨格はきちんとしていて、
なかなかの力作だった。
15秒30秒はそこそこ流れたけれど、
残念ながら長いものは殆ど見られていないので、
彼女の怪優ぶりを伝える為に、
もろもろの権利をクリアしないまま限定公開する。
https://youtu.be/bbPormK3H6A(限定公開です。ここから直リンのみです)
第一三共「誕生日」.pdf
脚本も同時に上げる。
ここにない部分が彼女のやった仕事だ。
あくまで彼女の偉業を追悼する為なので、
関係者の皆さんご理解ください。
しばらくしたら消します。
彼女はとても頭の良い人で、
自分と張り合える人を探していたんじゃないかと思う。
いろんな俳優のコメントを見ていると、
怖い、という人たちが多い。
そりゃね、この芝居と張り合えってのが無言で来るからね。
実力が噛み合わなければ怖いだろう。
それって俳優にはなかなかいなくて、
彼女が探していたのは、
実は脚本を書く監督だったんじゃないかな、
と僕は思っている。
仕事が終わって、
「アンタ、ホンが書けるんだからもっと書きなさい」
と言われた。
彼女なりの褒め言葉だったと思ってるし、
それは「また私のために書いてね」ってことだったと、
ずっと思っている。
いつか出て欲しかった。
二度と仕事をする機会を失ってがっかりだ。
出来すぎる人は好敵手がいなくて詰まらない。
樹木希林という怪優は、
内田裕也と結婚するような女は、
ずっとそういう孤独を抱えていたんじゃないかと、
僕は想像している。
おつかれさまでした。
冥土の土産は、新作を書いて持っていくので、
是非キャッキャ言いながら演ってください。
アドリブには二種類あって、
台本を渡されてから本番までに考えてくるものと、
現場で思いついたものがあります。
ロウソクは前者と思われます。
「二回同じことをやる」という台本の要求に対して、
「二回同じことをやるが、やり方は違う」
という生理で表現したものと考えられます。
子供の発想と、台本と役者の関係を保ち続けた、
優れた役者でした。