2018年10月10日

デジタルは人を幸せにしない: スキルと成長

デジタルの道具を使った時の成長と、
アナログの道具を使った時の成長は、
なんだか違う感じがする。



デジタルの道具を使った時の成長は、
スキルがただ増えて行く感じがある。

自分自身が成長することはなく、
手持ちの道具が増えて行く感じ。

ゲームのアビリティが一個一個増えて行くだけの感じ。
互いに連関のないものを、
ひたすら集めて行く感覚に近い。

デジタルスキルって、大体年単位で測れる。
大体平均的にスキルが増えていけば、
平均的に成長する。

深くならずに、ただ広くなってく。


一方、アナログの道具を使った時の成長は、
自分が組み変わって行く感覚がある。

道具そのものが増えて行くわけではなく、
自分が変わることで対応力がつく感じ。
だから、他のことに応用が効く。
デジタルのスキルは応用が利かない。
結局パッチを当てなければならず、
バッチという新しいスキルを手に入れるだけで、
自分自身が組み変わるわけではない。

アナログは自分が変わるわけだから、
発想や思想が変わる。

だからより深いことを考えられるようになる。
視野が広がり、今まで知らなかったことの、
背後関係がわかるようになる。


デジタルの成長は、
自分自身は変化せず、スキルのコレクションが増えて行くだけ。
アナログの成長は、
自分自身が変化することで、道具自体は減って行く。
自分自身が道具になることで。


僕はアナログ時代に絵を描き始め、
アナログ時代に脚本を書き始めて、
アナログ時代にプロになって、
途中でデジタルが蔓延するようになった。

デジタルの道具から入った若い後輩は、
ちっとも本人が上達することなく、
ただスキルが広がっているだけの気がしていて、
道具なしでは何もできない、何も判断できない、
学生と大差ないアマチュアにしかなっていない気がする。


アナログの成長は、内面の成長と関係がある。
痛みがあり、苦しみが強い。

デジタルはそれを遠ざける利便性があるが、
それゆえ成長のチャンスを逃したまま、
ほんとうのプロになれていない気がする。



気がするだけだ。
しかしアナログの成長を常識としてきた世代からは、
デジタルスキルの成長は遅いように見える。
外面的なことではなく内面的なことでね。


先日後輩が、ある場所にたどりつくためにスマホの地図をずっとグルグルしていた。
僕は出発前に地図を見て頭の中で把握していたので、
何も見ずに最短で歩く。
スマホを見なければ案内板も見つけやすいし、
駅がどういう構造になっているか把握することに集中できるというものだ。
全身で地図の一部になりながら移動するアナログ方式は、
習得に時間はかかるし肌感覚を磨くのは難しい。
しかしデジタルスキルのゲットより、
最終的に効率がいいと感じた。


今すぐデジタルを捨てて、
アナログだけで生活してみよう。
肌感覚がないと何もできない。
それがセンサーを鍛え、自分を組み変える原動力になる。


僕は手書きを推奨し続けるのは、
労力以上に、成長することを目的としているからだ。

脚本を書くことはスキルやアビリティを自分に装備することではない。
自分自身が組み変わって、「自分がストーリーになる」ことで達成する。

ような気がしている。
posted by おおおかとしひこ at 09:15| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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