2018年10月10日

テンポを直すのは、最後でいい

リライトの途中で、あるいは第一稿執筆中で、
リズムやテンポがとても気になることがあるだろう。
句読点の位置や改行が気になるだろう。
読むリズムが意味のリズムになっていないと、
下手くそが書いたように思えるだろう。

だが、そんなものは最終稿でやればいいだけのことだ。
最終-1稿までは、ギリギリ内容を直しなさい。


内容というのは、
「なぜそれをやったのか」
という動機や行動や因果関係を、
納得のいくまで煮詰めることだ。
深く描いたり、逆に省略したりして、
面白さを増していくことである。

それは、
「描かれたこと」を面白くすることであり、
「どう描かれているか」を面白くすることではない。

勿論、途中途中でとても良くできた表現があったりして、
1ミリも動かせないほど完璧なものになることは、
良くあるから、全てをダサくしておけ、
ということではない。

けれど、それが完璧であればあるほど、
手を入れることに躊躇してしまう。
そこにメスを入れると完璧が崩れるからね。
だから「他のところを直すことでなんとかならないか」
と、他を工事してしまう。
でも結局うまくいかなくて、
その本丸に手をつけなくてはいけなくて、
結果、
ガタガタの内容だけが残る、
ということは、
とても良くあることだ。


だから、最初から完璧すぎる表現にしないほうがいい、
というのは経験を積むと分かってくる。

それよりも、
内容の方に全力を注ぐ。

因果関係。
全てのキャラクターからの視点で見て、矛盾や無理や無駄がないか。
あっと驚く仕掛けはうまくいっているか。
ミスリードをここで仕掛けるべきか、ストレートか。
ここに挿入するべきか、それとも省略か。

これらが必要十分な内容になるまで、
リライトを重ねるべきだ。

で、
ようやく最終稿で、ガワを化粧していくのである。

リズムのいいセリフや表現、
間の表現、
などを、整えるのだ。

もちろん、
全然できてないのを一から整えるのは困難で、
大抵の場合は大体できているのを、
最後に統一的なリズムにすることに、
苦闘することになる。
(同一リズムではない。同一ペースではなく、
同じ意志に基づいた首尾一貫したペース配分ということ。
たいがい、バラバラの意志になっている)


作業を俯瞰で見た時、
化粧直しを何回もするのは時間がかかる。
化粧は一回でいい。
何回も工事するのなら、
工事に時間を取るべきで、
化粧に時間を取るべきではない。
(デジタルは綺麗なので、つい化粧に時間をかけてしまうのが欠点だ)

頭では分かっていても、
実際の場で「化粧はあとまわし」
と判断するのは、
なかなかに経験がいるね。
posted by おおおかとしひこ at 11:08| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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