2018年10月10日

しかし核は動かしてはいけない

どんなリライトを施そうが、
どんなに中身とガワの組み合わせを探ろうが、
基本的には自由だ。
しかし動かすべきでない部分があり、
それを核とするべきだと考える。
核がブレたら別物になってしまい、
もう何が何だか不定形になるからだ。

その核とは、冒頭、クライマックス、結びをつなぐ線のことだ。


冒頭で提示された問題が、
最終的にどういうことを争って、
最終的にどう決着して意味が確定したのか、
その部分は触るべきではない。

一旦フィックスしたら、直すべきではない。

勿論、より良くなると考えれば手を入れても良い。
まあ、前のが良かったと戻ることもあるけれど。


ストーリーの核は、
結局冒頭と結末の関係性に尽きる。

「内向的な引きこもりが、仲間を見つけた」は、
機動戦士ガンダムのそれだ。

「型破りの忍びが、伝統の忍びと現代の忍びの、
合わせ技の部分を見つけた」は、
実写風魔のそれだ。

ここはリライトするべきではないと、
僕は考えている。

前振りと落ちと、そこから得られる意味(テーマ)は、
リライトするべきではない。
そのゴールがもっとも生きるように、
リライトをするべきだと考える。


そもそも、リライトしなければいけないほどの、
冒頭、結末、そこに至るクライマックスだとしたら、
そもそもその話は面白くない。

そう考えるべきだ。

さっさと次の話を組み始めたほうがいいくらいだ。


僕が数稽古を勧めるのも、
こうしたうまくいった経験、
うまくいかなかった経験、
うまくいきそうだったのにうまくいかなかった経験、
うまく行かなそうだったけど、うまく行った経験、
などを積めるからである。

生涯数本の経験の人は、
これらを上手に捌けない。
ストーリーに関してはヤリチンにやるべきだ。


で。

まずはその核が、
ガワと中身の関係が完璧に出来ていて、
そこに手をつけないようになるべきだ。

逆に、そこがピークになるべきで、
それ以上にいいやつができると、
核が弱くなってしまう。


たとえば、
「あしたのジョー」におけるミッドポイント、
力石の死は強烈だが、
強烈すぎて、
核がそっちになってしまった。

後半戦は力石の死にどういう意味をつけるか合戦になってしまい、
核がなんなのか分からなくなる。
最終的には「真っ白に燃え尽きる」
が見つかったからいいものの、
それがなければ「あしたのジョー」は凡作だったろう。

逆に「北斗の拳」は、二部以降はクソだ。
修羅の国編以降何もなし得ていない。
ラオウで終わってれば神だったのにね。
引き延ばしがクソ量産に力を貸している。

ケンシロウが記憶喪失になることで、
「これまでの意味を思い出し、総括する」
ということを意図したことは読み取れるが、
ジョーの「真っ白に燃え尽きる」には全く及んでいないため、
北斗の拳のラストなんて誰も覚えていない。

もっとも、
この二つの例は、
最初から計画された一気読みの作品ではなく、
継ぎ足しながらやっていく連載であることに注意されたい。
だから核をどこに置いていいのか分からないまま、
勢いで進むしかない、
という条件下で書かれている。

ここで議論しているストーリー論は、
映画のような、
「最初から最後まで一気見する」
を前提としているから、
そういうものの核は何か?
ということを考えるべきだということ。

もしこれらが映画で、
ミッドポイントで力石の死やラオウの死など、
最高に来る場面があったとしても、
そこがピークになってしまい、
「後半覚えていない」作品になることは確実だ。


映画のストーリーとは、
「一本まるまる出す」ことが前提のストーリーだ。
漫画で言えば読み切りだ。
じゃあその核ってなんだと考えれば、
前振り(冒頭)と落ち(結末)の繋がりの意味で、
そこに至る最大の山との関係性ということだ。

機動戦士ガンダムが、
連載形式にも関わらず映画的ストーリーに落ちているのは、
最初からシリーズ構成があり、
全体像を作ってから部分に取り掛かっているところである。
最初から4クールという枠組みがあり、
それで何を核とするべきかを貫いたのだ。
(実際何話か短縮されたらしい。
そこではもっとニュータイプについて突っ込む予定であったという。
それがあれば完璧な作品になることが予想されるが、
そこの飢餓感ゆえに続編が作られたことを考えれば、
商売上は「ちょっと足りない」は重要かもしれない)


映画の話なのに映画が出ていないのがアレだけど、
核があるのとないものの例を示したかったので…


あなたのストーリーの核はなんだ?
それは完璧か?
リライトは、それ以外を徹底してやったほうがいい。
そもそも核がそこそこならば、
そこそこの作品だ。

次を書くのだ。

たくさん書いて技術を学ぶには、
回転の速い短編がいい。


核を保つ経験、
核を動かして失敗する経験、
核を動かしてたまたま成功する経験など、
たくさん経験しておくべきだ。
posted by おおおかとしひこ at 11:53| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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