2018年10月20日

色々なところへ行く幻想

実際これだけで展開してるように見えるから困ったものだ。

で、その場所である必然性はどれくらいある?
○○○に変えられない理由は?

たいていの場合は別の何かに入れ替えられることが多い。


全部そうやってしょぼい場所にしてしまったとき、
ストーリーが進行していないことに気づくかもしれない。

たいして進展していないのに、
場所を変えてごまかしていただけであったと。

デートの場所を変えて進展しているように見せても、
手も繋いでいない男女のごとしである。


逆にいうと、
ワンシチュエーション縛りで、
いかに進展を描けるのかにチャレンジするといいかも知れない。

話が展開することを場所替えなしでやると、
実力がつく。

場所替えに頼らなくて済むからだ。

これが出来るようになると、
その展開に最もふさわしい、振り切った場所を選べるし、
その場所がNGが出た時も、
すぐに別の振り切った場所にリライト出来るようになる。

つまり場所と進展を分離できるようになり、
進展の必然性のある場所を選べるようになる。


ドラマが生まれる場所なんて幻想だ。
箱がドラマを生むのではない。
人がドラマを生む。
ドラマとは事件の発生から終結であり、
その過程での人と人の確執である。
ドラマが場所を利用することはあっても、
場所がドラマを生むわけではない。


思いつかないから場所からヒントを貰うことはもちろんあるが、
本質的には、
ドラマはあなたの中からしか出てこない。
posted by おおおかとしひこ at 18:21| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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