途中の安定版として有名なバージョンを、
ちょっとやってみている。
左下と右上と中央上部分のマイナー部を除いた、
単打と左右シフトはもう覚えた。
(そもそも最終版は一回やってるし)
やはり飛鳥はぬるぬる繋がる。
それは連続シフトによるところが大きい。
単打アルペジオ(外→内とは限らず、打ちやすい片手二連)
>
単打左右交互
>
シフトアルペジオ
>
シフト左右交互
の順で、
繋がりやすい運指があると思う。
これは勿論薙刀式でも意識したけど、
薙刀式のセンター連続シフトに対して、
飛鳥の場合はシフトが左右二つあるので、
後半二つが倍に増える。
これが飛鳥のぬるぬる繋がる秘密だ。
拗音同時押しの新下駄や薙刀式から見たら、
二打必要な飛鳥は拗音が弱いかもと予測していたが、
意外とそうでもない。
しょう(S,D)なんか単打左右交互なので、
殆ど同時押しの感覚で「しょ」が打てる。
(左→右のほうが、右→左より有意に速い。
左利きは反対かも知れない)
これが意外に速くて、
拗音同時押しの利点は大してないんじゃないか、
と思えるくらい。
(これを倍速打鍵などと言っていたが、
左右交互打鍵はロールオーバー出来るというだけかもね)
しかも拗音の第一音は必ず左手にあるから、
常に最速の左→右で拗音が打てて、
左の「う」などに繋がることがわかる。
新下駄の拗音同時押しマトリックスはついに覚えきれなかったけれど、
これなら覚えることはいけそうな感じ。
(勿論覚えるまでの工程と、
覚えたあとの運用は区別して考えるべき。
でも経験上覚えるのが楽なのは、
忘れにくいしすぐ思い出せる気がする。
僕は記憶力が貧弱なので…)
連続シフトによる繋がる運指のパターンが多いことで、
原理上新下駄よりも繋がるパターンを増やせるのが、
飛鳥の利点かも知れない。
ただ左右シフトがバタバタと入れ替わる言葉が、
原理上でてくるのでこれが欠点かもだ。
新下駄の場合、シフトがバタバタしても、
中指薬指のアルペジオだったので無意識に打てたけど、
飛鳥は意識して親指を変更しなければならない。
このへんが「力は強く丈夫だが鈍重な親指」の問題点で、
新下駄はそこを中指薬指のアルペジオで華麗にかわしている感じ。
しかしそれも練度が上がればある程度解消するかも知れない。
新下駄はタイプウェルの速度でも安定して高速化できるが、
飛鳥の場合はそこまでシフトがバタバタするときは高速化出来なさそうだ。
しかし実用入力を考えれば、
そこまで無意識に高速化したシフトは必要ないので、
文章を書くときに言葉が繋ぎやすいほうが、
創作打鍵には有利ではないかと想像する。
新下駄は指が無意識に高速化するが、
飛鳥は思考が繋がって高速化する感じ。
僕好みは、思考に寄り添う飛鳥かも知れないなあ。
あと3gramや4gramの繋がりで、
意図的に運指を良くしている言葉がある感覚があった。
新下駄は二連接をメインとした配置なので、
どの言葉も二文字単位で繋がっていく感覚を受けたけど、
飛鳥はここぞという言葉は連続シフトで繋げている意思を感じる。
たとえば五七五を、
飛鳥は長い3ストロークで書けるが、
新下駄は二文字ずつの細かい繋ぎで書ききる、
みたいな差があるように思う。
結果的に速いのは新下駄かも知れないが、
思考と直結しているのは飛鳥かもだ。
薙刀式は飛鳥の方に考え方が近いので、
そういう意味で親近感を感じた。
まだ半濁音やマイナー濁音はマスターしてないので、
暗黒大陸部分に手をつけたら印象は変わるかも知れないが。
最終版との違いはよく分からない。
コア部分は変わっていない感覚があるので、
外来音対策とか、細かい調整の違いではないかと予想する。
配列作者からすると、
そこの微調整が一番手間のかかるところなんだけど、
(薙刀式の最近の調整はずっとそれだ)
使う側からすれば、
どうせマイナー位置なんだしどっちでもいいや、
って感じは受ける。
だから21c-290版のほうが、
飛鳥理論が複雑でなかった分、
素直にマスターしやすいかも知れないと感じた。
飛鳥への挑戦は二回目だから、
初めてのカナ配列でかつ二週間かかったメインキーを、
色々やった後で三日ぐらいでマスターしてしまったのは、
比較できる材料ではないが。
飛鳥の最終版は、そういうわけでマニア向け
(他の配列をマスターしたことのある人向け)かもだ。
初心者が素直にカナ配列をひとつだけやるなら、
飛鳥21c-290版は、月配列並におススメかも知れないなあ。
覚えることが多い飛鳥は難しいと思う人もいるだろうから、
そういう人は薙刀式をどうぞ。
倍くらい難易度が違う感覚。
別に薙刀式のあとに飛鳥やったっていいしね。
こればかりは触らないと分からない世界だなあ。
配列ってのはブラインドで打つのが前提だ。
だから配列ってのは、
「目をつぶって触った触覚の記憶」なんだよね。
触ってみないと分からないのは本当だけど、
僕は作家の端くれとして、
どうにかして言葉で捉えてみようとする。
2018年10月20日
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