2018年10月29日

間違った方向へ努力する

ミスリードと近いけれど、テクニックとして。


ストーリーの中盤では、
一行は目的に対して右往左往する。
障害が立ちはだかり、それをクリアしようとしてだ。
センタークエスチョンという最大の障害を突破することがストーリー全体の目的だが、
それの部分問題をクリアしていくことで、
一般にストーリーは進んでゆく。

で、
正解だけを引き続けるのもつまらない。
右往左往とは、
成功したり失敗しながら、
「そのことを深く知っていく過程」
であると考えられる。

成功したり失敗することが成長につながるのは、
その試行錯誤が学習という、
それを深く知ることであるからだ。
(学習なきガチャは、ストーリーではない。
ただのランダムスプレッドだ)


専門用語でいうところの、
「バリアーポイント」(障害の前に敗北)
からの「リバーサル」(逆転策を見出し、前に進む)
は、正解だけを引き続けても面白くない、
ということである。

つまり、
作者は、意図的に失敗させる必要がある。

わざと失敗させて、そこから活路を見出させて、
逆転勝利しなければならない。

もちろんそれがわざとらしく、
意図的な失敗とバレてしまっては面白くない。

成功しそうに見せておいて、
登場人物も観客も気づいていない何かがあって、
その何かが、失敗したあとにわかるべきだ。

ミスリードと似ている、と書いたのはこういうことだ。
ミスリードも、わざとらしいものはバレバレなのでよろしくない。
いいミスリードとは、
登場人物も観客も、
「自然にそういう方向に誘導されたので、
死角に気づかなかった」がベストだ。
「死角があったのか!」とあとで驚くのがベストだ。

気づかせない為には、
視線を誘導し続けることだ。
焦点に釘付けにし続けることだ。
息つく暇もないほどの、
素晴らしい展開で引きつけるべきだ。

こういう意味で、
ミスリードと、意図的に失敗させることは似ている。

作者の掌の上のことだけど、
登場人物や観客は、本気で右往左往し、
活路を見出して喜ぶのである。
posted by おおおかとしひこ at 15:31| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。