2018年11月02日

【薙刀式】配列の洗練

薙刀式を一年近く改良しながら作ってきたけど、
指が慣れてきたのか、
細かいところが気になり始めている。

ここからそういう小さな改良を続けて行くのか、
それともこれはこれで完成、とみるのかで、
迷っている。


飛鳥21c290版を試してみたが、
その後何年かかけて出来た最終版よりも、
配列が若い感じがしたんだよね。

硬くて勢いがある、分かりやすい感じ。

最終版は、
老成してて、渾然一体となり過ぎていて、
達人なのかも知れないが理解しきれない感じ。


素人の好む酒と玄人の好む酒の差みたいなことかも知れない。
飛鳥配列最終版は、
飛鳥に慣れ過ぎた人が好むもので、
他に慣れた人には難し過ぎて、
まだ若い時の飛鳥の方が理解できる。


八極拳という拳法がある。
中興の祖、李書文という達人がいて、
その伝えた型が、
若い頃(長春伝)のと晩年の頃(台湾武壇伝)
のがだいぶ違うんだよね。

若い頃の型は、
まだほかの拳法の影響が明確で、
オリジナルな部分が突出していて、
全体が馴染みきれていない。

晩年の型は、
最小の動きでいけるが、
型の意味がパッと取れないし、
使用イメージが湧きにくい、
八極拳を練ってきた人にしか分からない型になっている。


配列も身体運動のことだから、
武術に近いと僕は想像する。



薙刀式は、
薙刀式の考え方が明確な、
現在のままでフィックスしたほうが、
これから徐々に分かりやすさが消えて、
より達人クラスの無駄が極限まで削ぎ落とされたものになるより、
いいような気がしている。

その方が普及しやすいのかなと。

もしこれから薙刀式を10年使い続けて、
より運指が最適化されていったら、
薙刀式ユーザーのための改良薙刀式は作れるかも知れない。

でもそれは薙刀式ユーザーにしか分からない可能性がある。


勿論、配列なんてマニア向けでいいと考える向きもある。
でも僕はメジャーのほうを向いていたい。
多くの人がついてこれるものが、
メジャーだと考えたい。
大衆は馬鹿ではない。
本当に便利だと分かれば手放さない。

そしてその薙刀式では物足りない人に向けて、
僕は薙刀式10年ものでも先に仕込めばいいのかもなあ。


僕は次のv10を「安定版」と呼ぶつもりだ。
(「むめね」を交換、「ほろ」入れ替え版の予定)
飛鳥配列における、21c290版みたいになるといいなあ、
と考えている。

マスターのしやすさは、分かりやすさと連動していると思う。
洗練し過ぎは、分からない書道のようになってしまうんじゃないか。
posted by おおおかとしひこ at 07:29| Comment(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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