薙刀式を一年近く改良しながら作ってきたけど、
指が慣れてきたのか、
細かいところが気になり始めている。
ここからそういう小さな改良を続けて行くのか、
それともこれはこれで完成、とみるのかで、
迷っている。
飛鳥21c290版を試してみたが、
その後何年かかけて出来た最終版よりも、
配列が若い感じがしたんだよね。
硬くて勢いがある、分かりやすい感じ。
最終版は、
老成してて、渾然一体となり過ぎていて、
達人なのかも知れないが理解しきれない感じ。
素人の好む酒と玄人の好む酒の差みたいなことかも知れない。
飛鳥配列最終版は、
飛鳥に慣れ過ぎた人が好むもので、
他に慣れた人には難し過ぎて、
まだ若い時の飛鳥の方が理解できる。
八極拳という拳法がある。
中興の祖、李書文という達人がいて、
その伝えた型が、
若い頃(長春伝)のと晩年の頃(台湾武壇伝)
のがだいぶ違うんだよね。
若い頃の型は、
まだほかの拳法の影響が明確で、
オリジナルな部分が突出していて、
全体が馴染みきれていない。
晩年の型は、
最小の動きでいけるが、
型の意味がパッと取れないし、
使用イメージが湧きにくい、
八極拳を練ってきた人にしか分からない型になっている。
配列も身体運動のことだから、
武術に近いと僕は想像する。
薙刀式は、
薙刀式の考え方が明確な、
現在のままでフィックスしたほうが、
これから徐々に分かりやすさが消えて、
より達人クラスの無駄が極限まで削ぎ落とされたものになるより、
いいような気がしている。
その方が普及しやすいのかなと。
もしこれから薙刀式を10年使い続けて、
より運指が最適化されていったら、
薙刀式ユーザーのための改良薙刀式は作れるかも知れない。
でもそれは薙刀式ユーザーにしか分からない可能性がある。
勿論、配列なんてマニア向けでいいと考える向きもある。
でも僕はメジャーのほうを向いていたい。
多くの人がついてこれるものが、
メジャーだと考えたい。
大衆は馬鹿ではない。
本当に便利だと分かれば手放さない。
そしてその薙刀式では物足りない人に向けて、
僕は薙刀式10年ものでも先に仕込めばいいのかもなあ。
僕は次のv10を「安定版」と呼ぶつもりだ。
(「むめね」を交換、「ほろ」入れ替え版の予定)
飛鳥配列における、21c290版みたいになるといいなあ、
と考えている。
マスターのしやすさは、分かりやすさと連動していると思う。
洗練し過ぎは、分からない書道のようになってしまうんじゃないか。
2018年11月02日
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