2018年11月04日

それがリアルであると保証するには

リアルなリアクションをすれば良い。
主人公である必要はない。
「その場にいる誰か」で構わない。


殺人事件があれば「ひどい」、
暑い夏なら「あつい」、
飯屋に行けば「どれも美味そうで迷うー」、
風呂に入れば「極楽極楽」。

なんでもいい。

それが普通にあったとき、
ごく普通のリアクションがあれば、
私たちはそれが普通なのだということを理解して、
リアリティの続きだと確信できる。

仮にあなたがコーシーシュワルツの方程式を日常的に使っていても、
その方程式が出てきたら、
「なんだそれ?難しそう」
というリアクションが出てくるべきである。


つまり、
あなたはあなたの思い込みで、
普通のリアクションを抹殺している可能性がある。

あなたが出来ること、
あなたが思うことは、
特別なことで、
他の人が思うこととは限らない。

あなたの思い込みで進行すると、
「普通のリアリティ」から、
ストーリーがどんどん切り離されていくことに注意されたい。


それに気づくのは、
第二のリライトの途中だろうね。
なかなかそこまで気づくことは難しい。


で、
困ったときは、
主人公以外の誰かに、普通のリアクションをさせれば良いのである。
驚き役のジェロニモは、
いつでも必要なのだ。
posted by おおおかとしひこ at 22:24| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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