2018年12月05日

絵になる場面を探せ

プロットを練っているときに、
目的や行動や設定などばかり考えてしまい、
たとえば突っ立ってただ喋るシーンばかりを思い浮かべてしまいがちになる。

それは面白くない。
絵になる場面を探すことも、
同時進行でやるべきだ。


最も簡単な方法は、
危険を作ることだ。

「誰かに追われる」場面にするだけで、
それは絵になる場面になるだろう。
あとはどこをどう逃げるか、
どういう追われ方をするかで、
絵作りが出来るからだ。

なぜ追われるのか、
捕まったらどうなるのか、
逃げ切ったらどうなるのかは、
プロットに属する部分だ。

絵の場面のための、理由づけのようなものだと、
この場合では考えられる。


先日色々考えているとき、
どうにも会話場面ばかりだなあ、と煮詰まっていたのだが、
「デモ隊に巻き込まれる」という場面を思いついたので、
なかなか面白い絵面になった。
こないだのフランスのデモを見てたからなんだろうが、
発表時点、その後受け取る時点を考えれば、
そんなのどうでもいいことだろう。

実際のところ、
「車がひっくり返され炎上しているところに、
カメラ目線で振り返っている写真」
がとても絵になっていて、
それが発想のもとになっている。

で、日本のデモなので、
車はひっくり返さないし、炎上もしないし、
黄色いジャケットも着ないので、
「アパートに帰ったらデモ隊がいて、
すごい入りづらくなる」という場面にした。
これなら元ネタとデモ隊しか被ってないし、
別の絵になるし、
別の「絵になる」場面になる。

身近なものからネタを拝借するときは、
このようにして、
意味をずらしていくと良いだろう。


ただアパートに帰宅して次のストーリーに進むよりも、
このようにして「絵になる」困難を用意することで、
ストーリーを新しい局面にすることができる。
家に帰って電話待ちだった、ということにすれば、
デモ隊のシュプレヒコールの真っ最中に電話がかかってくる、
という場面を書けるはず。

このようにして、
絵から発想を広げて行けるわけだ。



プロットを組んでいるときは、
慣れれば慣れるほど、
目的とか行動とかばかりで組んでしまい、
このような絵を忘れてしまう傾向にあると思う。

プロットを書いた紙を一覧で広げて見て、
絵がある場面に色を塗ってみよう。
全部を塗りつぶすことはできない。
設定やらテーマの意味やらは絵にならない部分が多い。
しかし、印象的な絵の場面がないのは、
映画として失格だ。
最低でも1/3や半分は、塗りつぶされているべきではないだろうか。


下手すると喫茶店で話しているだけになる。
ワンシチュエーションという企画ならばそれも良いが、
殆どの人が映画に期待するのは、
喫茶店で二人で延々話す場面ではない。


そのような絵になる場面は、プロット段階で組み込んでおかないと、
実際に絵にするときにとても難しくなる。
「デスノート」のコミックスに収録されている、
原作ネームは字だらけで絵を考慮していないが、
小畑の下書きはそれを絵になるように工夫されている。
両方をするのが、一人で書くふつうの脚本だ。
(原案と作画を分ける場合はこの限りではない)
posted by おおおかとしひこ at 15:11| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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